2017年02月19日

雛飾り




「フフッフ フフ フフーン♪」
鼻歌交じりに上機嫌な姉がリビングで旅行のガイドブックを眺めている。
「姉ちゃん、どっか旅行行くの?」
声をかけると、俺のことをチラリと見てきた。
「うん。そうだよ。今度のお休み」
「へぇ」
うん、まさに『へぇ』としか反応のしようがない。正直、姉の旅行になんかさほど興味があるわけでもないのだし。だというのに、
「どうかな、どうかな。やっぱり、京都へ日帰りかな? 初めてのデートだし。夜景の綺麗なホテルでディナーとかもありかも。それとも、どっか田舎の温泉めぐりとか。今の季節だったらスノボとかもありよね。ああ、迷っちゃう」
ついぞ、姉から聞かれたことがない単語が出てきた。
「デート、姉ちゃんが?」
「なに? おかしい?」
「い、いや・・・・・・」
なんというか、今まで浮いた噂ひとつなかった姉がデートって・・・・・・ いや、まあ、すでに社会人なわけなんだし、そういうのない方がどうなのよって話ではあるが、でも。
「う〜ん。でも、それ、ガチすぎない? まあ、いいけど。それに、姉ちゃんが行き先とか勝手に決めちゃっていいの? 相手の人の都合とか訊かなくても?」
「うふふふ。大丈夫よ。後で電話するもの。ああ、はやくあの人の声ききたーい」
気持ち悪い笑顔でそうのたまうわけで。うん。ちょっと浮かれすぎかな。
「そ、そうなんだ」


というわけで、新しい天皇誕生日、朝から姉は満面の笑みを浮かべてでかけていった。
あとに残った俺はというと、
「いらっしゃい」「お邪魔します」
「智彦、智彦。お友達がいらっしゃったわよ」
「オーイ、上がってきて」
というわけで、近所の友人宅にお呼ばれだ。
小学校からの親友の智彦。今日は先日買った新作のゲームを二人でプレイする予定。
早速、智彦の部屋にあがりこみ、携帯のゲーム機を取り出してのプレイ。だったのだが、
「お兄ちゃん。今ヒマ? こっち手伝ってよ」
智彦の妹の寿々菜ちゃんがノックもなく飛び込んできた。
「あ、こ、こんにちは」「こんにちは」
部屋の中の俺と目が合う。途端によそ行きの声を出してくる。うん、しばらく見ないうちにいろんなところがすっかり女の子らしくなっちゃって。
「わりい、今、マサとゲームしてんだ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、いいや」
なんか、そう言われるとバツの悪い思いをするもので、
「あ、なんなら、俺手伝おうか? ゲームならいつでもできるし」
「えっ? で、でも・・・・・・」
「おい、マサ、ちょっと待てよ」
ちょっとはにかみながら上目づかいで口ごもる姿は、なかなかにかわいらしいものがある。うん。これは絶対、手伝うべきだろうな。
「な、トモも手伝うよな」「えー、ヤダよ。面倒くさい」
「そういうなよ」
智彦の腕を強引にとって、寿々菜ちゃんの返事も聞かずに立ち上がる。
「いこか」「え、で、でも」
可愛いな。こんな子が智彦の妹だなんて、いまでも信じられないや。
というわけで、むりやり手伝うことになった。


寿々菜ちゃんに案内されていった先は、客間。すでにいくつかの大きな桐の箱が運び込まれていて、蓋が取り払われている。そこから見えているのは、白い和紙に包まれた人形。雛人形だ。
「雛人形、飾るの?」「うん。そうだよ」
「うちも姉がいるから、そろそろ飾らないとな」
「へぇ、そうなんですかぁ」
「あれ? しらなかった?」「はい。初めて聞きました」
「そっか、言ってなかったか」
なんて、たわいもない会話を交わしていたのだけど、
「雛壇の骨組みを組み立てからでないと、飾れないのだけど、私だけじゃ無理だから」
「あれ? 母さんは?」
「買い物に行っちゃったよ」
「しゃーねぇな」
そうして、俺と智彦で雛壇の骨組みを組み立て始めた。
七段の豪華な雛壇。大きいけど、簡単な作業。意外と楽しいかも。最後に緋毛氈をセットして、雛壇の骨組みは完成した。
「人形並べるのも手伝うよ」
「え、でも」
「一人じゃ大変でしょ?」
「う、うん」
「それに、俺、姉ちゃんので慣れてるから」
ま、たしかに姉の雛人形の準備に子供のころから駆り出されてきたわけだから、分かっているのは確か。もっとも、あんなクソつまらないものはないと思っていたんだけど。
そうして、寿々菜ちゃんの近くに座って、お互いの学校のこと、智彦のことなんかを話題にしながら、雛人形を並べていくのだった。
そんなたのしい時間はあっという間に過ぎていった。
「よいしょ。ここをこうして、できた! 完成!」
寿々菜ちゃんが最後の飾りを飾り終え、雛飾りは完成した。
うちにあるものよりも何倍も豪華そうなすごく見栄えのする雛飾り。綺麗だ。
「綺麗だ」「でしょ」
そして、それをうっとりと眺める寿々菜ちゃんの横顔も、
「きれ・・・・・・」
「コホン そろそろ、ゲームに戻ろうぜ」
「あ、ああ、わかった。そうしよう」
なぜか不機嫌そうな智彦に促されて、俺は再び智彦の部屋へ戻るのだった。


智彦がやけにむきになって俺に勝とうとしてくるのだが。珍しいこともあるものだ。こいつにこんな闘争心があったなんて、意外な発見だ。
ともあれ、遅くまで智彦とゲームをして、俺は智彦の家を辞去することにした。
外はすでに日も暮れて、真っ暗。俺の家まですぐ近くだし、途中、途切れることなく街灯の明かりもあるから特に危険はない。
「じゃあ、今日はお邪魔しました」
「ああ、また来いよ」「今日は手伝ってもらってありがとうございました」
智彦と寿々菜ちゃん兄妹に見送られて、俺は自宅への道をたどり始める。
うん、本当に今日はいい一日だった。それに、寿々菜ちゃん、可愛かったな。絶対に、あの智彦の妹だっていうのはウソだな。血がつながっていないに違いない。でなければ、あの智彦にあんな可愛い妹さんだなんてありえない。
胸をほっこり温かくさせながら、我が家の門扉にたどり着いた。
ドアを開ける。
「ただいまー」
すぐに廊下の先から姉が顔を出してきた。
「あ、いいところへ帰ってきた。雛人形出すの手伝いな」
「ええ、やだよー」
「いいから、さっさと手伝えっての」
なんで、俺が人形出すの手伝わなくちゃいけないんだよ。ったく。もっと遅くに返って来ればよかった。まったく。
そうして、しぶしぶ姉の雛人形飾る準備を手伝うことになったのだ。
「ああ、そういや、姉ちゃん、今日デートとかいってなかったか? いいの、こんなことしてて」
「あは。それがねぇ 聞いてよ。あの人ねぇ」
楽しげ今日の昼の出来事をのろけながら雛人形を飾る姉を見ていたら、閉口するばかりだ。うん。雛人形を飾るのって、ホント全然たのしくないよね。
早くこの時間、終わらないかな。そういう時間ほど長く感じるのはなぜだろう。
とにかく、早く雛人形の準備、終れ!


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2017年02月12日

カラオケ店




カラオケ店に入る前に俺は家に電話をかけた。出たのは妹。
『そう、分かった。じゃ、遅くなるってお母さんに言っとくね』
「ああ、頼む」
『はーい。ね、今日のバレンタイン残念会、楽しんできてね、お兄ちゃん』
「うっ・・・・・・」
今の電話では一言も今日誰からも義理チョコすらもらえなかった男子たちの残念会だとは伝えていないというのに。
妹よ。こんなときだけ鋭くなるの、お兄ちゃんはいけないと思います。


店に入ると、先に入っていた長谷川が手続きを済ませており、俺たちは指定された個室に入っていった。
それぞれに飲み物を注文し、三々五々、歌いたい曲を入力していく。最初に長谷川が入れた曲のイントロが流れだした。
「失礼します」
長谷川が歌い始めようとマイクを構えたちょうど同じタイミングで、人数分の飲み物を盆にのせて、アルバイトの女性店員さんが部屋に入ってきた。
慎重にグラスをテーブルの上に並べる。それを一番端にいた俺が隣のヤツへ受け渡していく。
「コーラ頼んだの」「あ、俺」
「ジンジャーエールは岡だっけ?」「そそ」
「たしか斎藤はウーロン茶だったよな」「ありがと」
残ったのはレモンスカッシュ。俺のだ。全員にグラスが行き渡った。けど、なんだろう、飲み物を運んできてくれた店員さんが、俺のことを見て、目をパチクリさせているんだけど。
それも一瞬のことで、すぐに気を取り直して、店員さんは頭を下げて出ていった。


全員が何曲か歌い終わり、それぞれの前のグラスが空になっている。お代わりを注文し、またさっきの店員さんが飲み物を運んできてくれたが、すぐに出ていった。その際、俺の方に微笑みかけてきてくれたような気がした。たぶん、思い過ごしなのだろう。知ってる人じゃないし。
ってか、チョコほしいほしいっていうやり場のない気持ちが、そんな幻覚を見せたのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうにちがいない。
そうして、お腹の中が限界まで水分で満たされたので、トイレへ立った。
用を足し、手を洗って廊下へ出てみると、ポケットの中のケータイに着信。浜野からのメッセージだった。
――なにしてる?
――カラオケ
――どこ、俺も行く
――くんな、ボケ。本命チョコもらった裏切り者は出入り禁止じゃ!
――うらやましいだろう(笑
ハート型のチョコをかじっている写真を添えてきやがった。ったく。
――地獄へ落ちろ!(怒
「はぁ〜 なんで、渡辺なんかに・・・・・・」
萩原ちゃん、絶対、俺の方に気があると思ってたのにな。
どこで逆転されたのか、正直、よく分からない。去年の春からずっと、クラスの男子の中で俺が一番仲のいい相手だったはずなのに・・・・・・
涙でそう。ううう・・・・・・
トイレの前で凹んでいたら、
「中川、久しぶり」
声をかけられた。見ると、さっきの女性の店員さん。
「えっ?」
正直、見覚えがない人なんだけど? でも、俺の名字を知っている。どこかで会ったことがあるのか? でも、誰だ?
「あ、その顔、分かってないな。薄情だな。中三のとき、同じクラスだったのに」
「・・・・・・」
そう言われると、なんとなく知っているような気がしないでもない。
「ほら、私。覚えてない?」
う〜ん・・・・・・ だれだ?
「もう、安田ミカだよ。私のこと忘れちゃった?」
「えっ? ウソ?」
「ほんと」
思わず、マジマジと見つめてしまう。安田ミカといえば、陸上部でいつも日に焼けていて、見事に真黒な顔をしていた。なのに、今、目の前にいるのは、色白でおとなしそうな印象の女性。
けど、ニッと歯を見せて笑うその表情、確かに安田ミカのものだった。
いや、しかし・・・・・・
「なによ。久しぶりに会ったっていうのに、その態度は」
「いや、でも」
女子っておそろしい。まったくの別人みたいだ。化粧のせいか?
驚いていると、
「ああ、そうだ。はい、これ」
俺の手の中に銀紙に包まれた小さなハート形を押し付けてきた。チョコだ。
「えっ! ええっー!」
中学のときも、安田ミカどころか女子から義理チョコですらもらったことがなかったのに、いきなりそんな・・・・・・
「えっ? うそ。安田って、俺のこと」
「はぁ?」
呆れたような表情を浮かべている。
「な、わけないでしょ。大体、中川が今日ここへ来るなんて、思ってもいなかったんだから」
「で、ですよね・・・・・・」
「それ、店のサービス品。今日は男性客全員に配ってるの」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
なんだか、すごく残念な。でも、まあ、こんな形とはいえ、同年代の女子からチョコをもらえたわけなのだから、喜んでもいいよね。
「ありがとうな。うれしいよ」
「どういたしまして」
「あ、そうだ。小笠原に安田にチョコもらったって自慢してやろ」
仲良く一緒に並んでポーズをとって、ケータイで写真をとって、今でもたまに連絡を取り合う中学時代の悪友にメッセージを送った。
すぐに返事が来た。
――ええっ! お前ら付き合ってたの!
二人で画面をのぞいて、一緒に声を上げて笑ってしまった。


「ありがとうございました」
安田に見送られて店をでる。俺たち全員、それぞれにサービスのチョコを手にして、どこかにやけている。
「今の子、可愛かったな」「だな」
「きっとカレシいるんだろうな」「だろうな」
不意に全員黙り込んだ。たぶん、それぞれに、安田と付き合っているのが自分だったらとか想像しているのか。俺も。いや、ないないない。
そうして、満足したのか、お互いの顔を見交わしている。
って、こんなことで満足しちゃうから、チョコもらえないんだろうな。
「来年こそは」「いや、無理だろう」「いやいや。もしかしてってことも」「ないな」
「「「「はぁ〜」」」」
四人分の虚しいため息が重なって冬の道路に響いた。そして、たぶん、来年もこのメンバーとカラオケなんだろうなと確信した。ハァ〜


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2017年02月05日

千鶴の恩返し




スーパーのレジ打ち係のパートへ出かけた母さんと入れ違うようにして千鶴が俺の家にやって来た。隣に住む同い年の幼馴染みだ。
「おばさんの許可もらってるから、今日は台所借りるね」
「ああ、母さんから聞いてる。あがって」
「お邪魔します」
なんでも、自分ちの台所は大学生の姉の千晴さんとその友人たちが占領していて使えないらしい。
「だって、お姉ちゃんの友達と一緒だと結構気を使うしね」
そういうものなのだろうか? ずっと一人っ子で育ってきた俺にはよくわからない話だ。


千鶴は家に上がると、家から持ってきたエプロンを取り出し、身につける。それから、
「私が『いいよ』って言うまで、ここのぞいちゃダメだからね」
「なんでだよ」
「いいから。絶対だよ」
締め出しやがった。俺んちの台所だっていうのに。
「鶴の恩返しかよ。ったく」
まあ、千鶴がそう言うなら、それに従った方が賢明なのだろう。
なにしろ、小学校のときに一度、千鶴と一緒に登校するって約束をしていたのを忘れていて、先に一人で登校したことがあったのだが、いまだにそのことを何かにつけてブチブチ言い続けているような性格なのだから。
やがて、台所の方から甘い匂いが漂ってきた。チョコの匂い。
――ああ、そういや、もうすぐか。
毎年、千鶴からチョコをもらっている。おそらく、今年もくれるつもりだろう。
――そっか、今年は手作りか。
お菓子作りが得意な千鶴のこと、それなりに美味しいのが期待できるだろうな。
ちょっとワクワクした気分になったのだが、
――いや、待てよ。鶴の恩返しっていえば、鶴が自分の羽根を毟って機織りする話。それって、もしかして?
人間には羽根はない。その代わり、自分の髪の毛だとか、血だとかがあり、それをチョコレートの中に・・・・・・
――考えただけで食欲がなくなるぞ、おいっ!
台所に飛び込んで、今からでも止めた方がいいのかな?
けど、まさか、いくらなんでも千鶴がそんな暴挙にでるわけないだろうし。
けどけど、あの割と執念深いところのある千鶴のことだし、思いつめたりとかして本命チョコに。
いやいや、たとえ、そうだったとしても、それをもらうのは俺のはずないだろう。なんといっても、俺は単なる隣の幼馴染みってだけなのだから。彼氏でも恋人でもないのだから。
閉めきられた台所のドアを見つめて、葛藤を覚える俺だった。


ともあれ、なんとか疑心を押さえきって待つこと数時間、ついに千鶴の『はいっていいよ』の声が聞こえてきた。
なんとなく戦慄を覚えながら台所に入ってみると、ビニール袋に四個ずつ入ったチョコカップケーキがいくつか、それから、大きくて立派な箱が一つ、最後に大きめの平皿に載せられたサッカーボールを象ったチョコレートが一つ、テーブルの上に並んでいる。
チョコカップケーキは毎年千鶴が友人たちと交換したり、部活仲間に渡したりしているものだからいいとして、問題は大きな箱と平皿の上のチョコレート。
「当日、夜まで部活の練習が忙しくて渡してるヒマないと思うから、今のうちに渡しておくね。それと、台所貸してもらったお礼もあるし。サッカーがんばってね」
そう言って、平皿のサッカーボールチョコを俺に渡してきた。
ほとんど、顔サイズといっていいような大きさ。六角形のホワイトチョコと五角形のミルクチョコがボールの形に並んでいる。
「おう。ありがとうな」
盛大に顔を綻ばせた。
でも、気になる。俺がもらったボールチョコ、明らかに、その隣の箱よりも小さい。
ってことは、あの大きな箱のヤツが千鶴の本命チョコか。一体だれにあげるのだろう?
俺の知っているヤツだろうか? それとも知らないだれかか?
千鶴とは別々のクラスで交友関係まで把握しているわけじゃない。というか、幼馴染みとはいえ、別に付き合っているわけじゃないんだし、交友関係を完璧に把握している方がおかしいのだが。
――ま、いいか。千鶴は千鶴だし。俺がそんなこと知らなくても。
でも、とても存在感のある重厚な箱が否応なく視界の中に入ってくるわけで。
気にしないでおこうとすればするほど、やっぱり気になって、チラチラ眺めざるをえなかった。


千鶴は使い終わった道具をシンクで洗っている。
テーブルの上の箱はまだラッピングされておらず、ちょっと手を伸ばし、上蓋をどければ簡単に中を確認できそうだ。
けど、そんなことしていいのか? 千鶴の気持ちの詰まったチョコを覗き見るなんて・・・・・・
逡巡は一瞬だった。シンクに立つ千鶴は俺に背を向けている。のぞくなら今しかない。
俺はその箱の上蓋を持ち上げた。
その下に現れたのは、大きなハート型のチョコレート。
――ハハハ。そうだよな。千鶴だって、好きなヤツいてもおかしくないよな。
ちょっと気の抜けたような。残念なような。
――って、残念ってなんだよ。単なる隣家の幼馴染みってだけで、俺、別に千鶴なんか・・・・・・
「はぁ〜」
意識せずに、ため息がこぼれてしまっていた。
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
「ああ、わりぃ」
見つかってしまった。まあ、いいんだけど。
――そっか、だれだか気になるヤツにハート形のチョコレート贈るんだ。
「汚い手で触んないでよ」「触んねぇよ」
そして、ちょうど洗い物が終わった千鶴は、どこからかカードを取り出して、その箱の中にセットするのだった。
『パパへ いつもありがとう!』


えっと、ってことは、今日千鶴がつくったのは・・・・・・
友達や部活なんかで女同士で交換しあうためのカップケーキとおじさんへのチョコ。それに、俺がもらったサッカーボールチョコ。
この中で、明らかに本気仕様で義理でないヤツといったら・・・・・・
俺は自分の前の平皿の上のチョコをマジマジと見つめていた。
なんだろう、この胸の奥から湧きあがるような高ぶりは? すごくすごく高くまで飛び上ってしまいたいほどの衝動は?
いまなら、オーバーヘッド三発でハットトリックが決められそう。日本代表に呼ばれちゃうぞ。
頬がだらしなく緩んでしまいそうだ。自分でも制御できない。
ともあれ、俺はおもむろにそのボールチョコを持ち上げて、確認するのだった。
「なあ、この中にお前の髪の毛とか血とか入れてないよな?」
不思議そうに小首をかしげてる。けど、俺の眼は千鶴の笑顔が若干ひきつったのを目撃していた。


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