2017年02月12日

カラオケ店




カラオケ店に入る前に俺は家に電話をかけた。出たのは妹。
『そう、分かった。じゃ、遅くなるってお母さんに言っとくね』
「ああ、頼む」
『はーい。ね、今日のバレンタイン残念会、楽しんできてね、お兄ちゃん』
「うっ・・・・・・」
今の電話では一言も今日誰からも義理チョコすらもらえなかった男子たちの残念会だとは伝えていないというのに。
妹よ。こんなときだけ鋭くなるの、お兄ちゃんはいけないと思います。


店に入ると、先に入っていた長谷川が手続きを済ませており、俺たちは指定された個室に入っていった。
それぞれに飲み物を注文し、三々五々、歌いたい曲を入力していく。最初に長谷川が入れた曲のイントロが流れだした。
「失礼します」
長谷川が歌い始めようとマイクを構えたちょうど同じタイミングで、人数分の飲み物を盆にのせて、アルバイトの女性店員さんが部屋に入ってきた。
慎重にグラスをテーブルの上に並べる。それを一番端にいた俺が隣のヤツへ受け渡していく。
「コーラ頼んだの」「あ、俺」
「ジンジャーエールは岡だっけ?」「そそ」
「たしか斎藤はウーロン茶だったよな」「ありがと」
残ったのはレモンスカッシュ。俺のだ。全員にグラスが行き渡った。けど、なんだろう、飲み物を運んできてくれた店員さんが、俺のことを見て、目をパチクリさせているんだけど。
それも一瞬のことで、すぐに気を取り直して、店員さんは頭を下げて出ていった。


全員が何曲か歌い終わり、それぞれの前のグラスが空になっている。お代わりを注文し、またさっきの店員さんが飲み物を運んできてくれたが、すぐに出ていった。その際、俺の方に微笑みかけてきてくれたような気がした。たぶん、思い過ごしなのだろう。知ってる人じゃないし。
ってか、チョコほしいほしいっていうやり場のない気持ちが、そんな幻覚を見せたのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうにちがいない。
そうして、お腹の中が限界まで水分で満たされたので、トイレへ立った。
用を足し、手を洗って廊下へ出てみると、ポケットの中のケータイに着信。浜野からのメッセージだった。
――なにしてる?
――カラオケ
――どこ、俺も行く
――くんな、ボケ。本命チョコもらった裏切り者は出入り禁止じゃ!
――うらやましいだろう(笑
ハート型のチョコをかじっている写真を添えてきやがった。ったく。
――地獄へ落ちろ!(怒
「はぁ〜 なんで、渡辺なんかに・・・・・・」
萩原ちゃん、絶対、俺の方に気があると思ってたのにな。
どこで逆転されたのか、正直、よく分からない。去年の春からずっと、クラスの男子の中で俺が一番仲のいい相手だったはずなのに・・・・・・
涙でそう。ううう・・・・・・
トイレの前で凹んでいたら、
「中川、久しぶり」
声をかけられた。見ると、さっきの女性の店員さん。
「えっ?」
正直、見覚えがない人なんだけど? でも、俺の名字を知っている。どこかで会ったことがあるのか? でも、誰だ?
「あ、その顔、分かってないな。薄情だな。中三のとき、同じクラスだったのに」
「・・・・・・」
そう言われると、なんとなく知っているような気がしないでもない。
「ほら、私。覚えてない?」
う〜ん・・・・・・ だれだ?
「もう、安田ミカだよ。私のこと忘れちゃった?」
「えっ? ウソ?」
「ほんと」
思わず、マジマジと見つめてしまう。安田ミカといえば、陸上部でいつも日に焼けていて、見事に真黒な顔をしていた。なのに、今、目の前にいるのは、色白でおとなしそうな印象の女性。
けど、ニッと歯を見せて笑うその表情、確かに安田ミカのものだった。
いや、しかし・・・・・・
「なによ。久しぶりに会ったっていうのに、その態度は」
「いや、でも」
女子っておそろしい。まったくの別人みたいだ。化粧のせいか?
驚いていると、
「ああ、そうだ。はい、これ」
俺の手の中に銀紙に包まれた小さなハート形を押し付けてきた。チョコだ。
「えっ! ええっー!」
中学のときも、安田ミカどころか女子から義理チョコですらもらったことがなかったのに、いきなりそんな・・・・・・
「えっ? うそ。安田って、俺のこと」
「はぁ?」
呆れたような表情を浮かべている。
「な、わけないでしょ。大体、中川が今日ここへ来るなんて、思ってもいなかったんだから」
「で、ですよね・・・・・・」
「それ、店のサービス品。今日は男性客全員に配ってるの」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
なんだか、すごく残念な。でも、まあ、こんな形とはいえ、同年代の女子からチョコをもらえたわけなのだから、喜んでもいいよね。
「ありがとうな。うれしいよ」
「どういたしまして」
「あ、そうだ。小笠原に安田にチョコもらったって自慢してやろ」
仲良く一緒に並んでポーズをとって、ケータイで写真をとって、今でもたまに連絡を取り合う中学時代の悪友にメッセージを送った。
すぐに返事が来た。
――ええっ! お前ら付き合ってたの!
二人で画面をのぞいて、一緒に声を上げて笑ってしまった。


「ありがとうございました」
安田に見送られて店をでる。俺たち全員、それぞれにサービスのチョコを手にして、どこかにやけている。
「今の子、可愛かったな」「だな」
「きっとカレシいるんだろうな」「だろうな」
不意に全員黙り込んだ。たぶん、それぞれに、安田と付き合っているのが自分だったらとか想像しているのか。俺も。いや、ないないない。
そうして、満足したのか、お互いの顔を見交わしている。
って、こんなことで満足しちゃうから、チョコもらえないんだろうな。
「来年こそは」「いや、無理だろう」「いやいや。もしかしてってことも」「ないな」
「「「「はぁ〜」」」」
四人分の虚しいため息が重なって冬の道路に響いた。そして、たぶん、来年もこのメンバーとカラオケなんだろうなと確信した。ハァ〜


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2017年02月05日

千鶴の恩返し




スーパーのレジ打ち係のパートへ出かけた母さんと入れ違うようにして千鶴が俺の家にやって来た。隣に住む同い年の幼馴染みだ。
「おばさんの許可もらってるから、今日は台所借りるね」
「ああ、母さんから聞いてる。あがって」
「お邪魔します」
なんでも、自分ちの台所は大学生の姉の千晴さんとその友人たちが占領していて使えないらしい。
「だって、お姉ちゃんの友達と一緒だと結構気を使うしね」
そういうものなのだろうか? ずっと一人っ子で育ってきた俺にはよくわからない話だ。


千鶴は家に上がると、家から持ってきたエプロンを取り出し、身につける。それから、
「私が『いいよ』って言うまで、ここのぞいちゃダメだからね」
「なんでだよ」
「いいから。絶対だよ」
締め出しやがった。俺んちの台所だっていうのに。
「鶴の恩返しかよ。ったく」
まあ、千鶴がそう言うなら、それに従った方が賢明なのだろう。
なにしろ、小学校のときに一度、千鶴と一緒に登校するって約束をしていたのを忘れていて、先に一人で登校したことがあったのだが、いまだにそのことを何かにつけてブチブチ言い続けているような性格なのだから。
やがて、台所の方から甘い匂いが漂ってきた。チョコの匂い。
――ああ、そういや、もうすぐか。
毎年、千鶴からチョコをもらっている。おそらく、今年もくれるつもりだろう。
――そっか、今年は手作りか。
お菓子作りが得意な千鶴のこと、それなりに美味しいのが期待できるだろうな。
ちょっとワクワクした気分になったのだが、
――いや、待てよ。鶴の恩返しっていえば、鶴が自分の羽根を毟って機織りする話。それって、もしかして?
人間には羽根はない。その代わり、自分の髪の毛だとか、血だとかがあり、それをチョコレートの中に・・・・・・
――考えただけで食欲がなくなるぞ、おいっ!
台所に飛び込んで、今からでも止めた方がいいのかな?
けど、まさか、いくらなんでも千鶴がそんな暴挙にでるわけないだろうし。
けどけど、あの割と執念深いところのある千鶴のことだし、思いつめたりとかして本命チョコに。
いやいや、たとえ、そうだったとしても、それをもらうのは俺のはずないだろう。なんといっても、俺は単なる隣の幼馴染みってだけなのだから。彼氏でも恋人でもないのだから。
閉めきられた台所のドアを見つめて、葛藤を覚える俺だった。


ともあれ、なんとか疑心を押さえきって待つこと数時間、ついに千鶴の『はいっていいよ』の声が聞こえてきた。
なんとなく戦慄を覚えながら台所に入ってみると、ビニール袋に四個ずつ入ったチョコカップケーキがいくつか、それから、大きくて立派な箱が一つ、最後に大きめの平皿に載せられたサッカーボールを象ったチョコレートが一つ、テーブルの上に並んでいる。
チョコカップケーキは毎年千鶴が友人たちと交換したり、部活仲間に渡したりしているものだからいいとして、問題は大きな箱と平皿の上のチョコレート。
「当日、夜まで部活の練習が忙しくて渡してるヒマないと思うから、今のうちに渡しておくね。それと、台所貸してもらったお礼もあるし。サッカーがんばってね」
そう言って、平皿のサッカーボールチョコを俺に渡してきた。
ほとんど、顔サイズといっていいような大きさ。六角形のホワイトチョコと五角形のミルクチョコがボールの形に並んでいる。
「おう。ありがとうな」
盛大に顔を綻ばせた。
でも、気になる。俺がもらったボールチョコ、明らかに、その隣の箱よりも小さい。
ってことは、あの大きな箱のヤツが千鶴の本命チョコか。一体だれにあげるのだろう?
俺の知っているヤツだろうか? それとも知らないだれかか?
千鶴とは別々のクラスで交友関係まで把握しているわけじゃない。というか、幼馴染みとはいえ、別に付き合っているわけじゃないんだし、交友関係を完璧に把握している方がおかしいのだが。
――ま、いいか。千鶴は千鶴だし。俺がそんなこと知らなくても。
でも、とても存在感のある重厚な箱が否応なく視界の中に入ってくるわけで。
気にしないでおこうとすればするほど、やっぱり気になって、チラチラ眺めざるをえなかった。


千鶴は使い終わった道具をシンクで洗っている。
テーブルの上の箱はまだラッピングされておらず、ちょっと手を伸ばし、上蓋をどければ簡単に中を確認できそうだ。
けど、そんなことしていいのか? 千鶴の気持ちの詰まったチョコを覗き見るなんて・・・・・・
逡巡は一瞬だった。シンクに立つ千鶴は俺に背を向けている。のぞくなら今しかない。
俺はその箱の上蓋を持ち上げた。
その下に現れたのは、大きなハート型のチョコレート。
――ハハハ。そうだよな。千鶴だって、好きなヤツいてもおかしくないよな。
ちょっと気の抜けたような。残念なような。
――って、残念ってなんだよ。単なる隣家の幼馴染みってだけで、俺、別に千鶴なんか・・・・・・
「はぁ〜」
意識せずに、ため息がこぼれてしまっていた。
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
「ああ、わりぃ」
見つかってしまった。まあ、いいんだけど。
――そっか、だれだか気になるヤツにハート形のチョコレート贈るんだ。
「汚い手で触んないでよ」「触んねぇよ」
そして、ちょうど洗い物が終わった千鶴は、どこからかカードを取り出して、その箱の中にセットするのだった。
『パパへ いつもありがとう!』


えっと、ってことは、今日千鶴がつくったのは・・・・・・
友達や部活なんかで女同士で交換しあうためのカップケーキとおじさんへのチョコ。それに、俺がもらったサッカーボールチョコ。
この中で、明らかに本気仕様で義理でないヤツといったら・・・・・・
俺は自分の前の平皿の上のチョコをマジマジと見つめていた。
なんだろう、この胸の奥から湧きあがるような高ぶりは? すごくすごく高くまで飛び上ってしまいたいほどの衝動は?
いまなら、オーバーヘッド三発でハットトリックが決められそう。日本代表に呼ばれちゃうぞ。
頬がだらしなく緩んでしまいそうだ。自分でも制御できない。
ともあれ、俺はおもむろにそのボールチョコを持ち上げて、確認するのだった。
「なあ、この中にお前の髪の毛とか血とか入れてないよな?」
不思議そうに小首をかしげてる。けど、俺の眼は千鶴の笑顔が若干ひきつったのを目撃していた。


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2017年01月29日

オニを払う




学校から帰ってきて、自室でスマホをいじっていると、ドアがノックもなく開かれた。
「伊織、いるんでしょ?」
「いつも言ってんだろ、ノックぐらいしろよ。ったく」
「別にいいでしょ。あんたの部屋なんだし。ははぁ〜ん。さては、今からエッチなものでも眺めようとしてたわね」
「はぁ? なんでだよ」
「あら、違うの? だってほら、そのパソコンのフォルダの階層の深いところに……」
「だぁ〜! そ、そんなこと、い、今は関係ないだろっ!」
数年前に結婚して今は車で十分ほどのところに住んでいる姉貴だった。実家に近いのをいいことに、こんな風にちょくちょく顔を出している。本当に困った姉だ。
「で、なに? なんか用?」
「伊織、はいこれ、かぶって」
「なに?」
姉貴が差し出してきたものを見ると鬼のお面だった。この時期、よくスーパーなんかで見かける紙のペラペラのヤツなんかじゃなくて、能や狂言でも十分に使えそうな風格のある木彫りのお面。本格的なものだった。
「どうしたの、これ?」
「うん、あっちの家から借りてきたの」
姉の嫁ぎ先は近所でもよく知られた旧家だ。こういうのが土蔵の中にゴロゴロしているらしい。
促されるまま、そのお面をかぶってみる。視界が狭まって、自室がいつもと全く違うように見える。軽く異世界トリップだ。
そうして、部屋の中をキョロキョロ見回していたら、
「翔太、咲、おいで。この部屋に鬼がいるわよ」
姉が子供を呼ぶ声が聞こえてきた。すぐに廊下をドタドタ走る足音が近寄ってくる。そして、
「いーおにいちゃん」「いおりんお兄ちゃん」
「「わぁ〜 鬼だぁ〜」」
「鬼は外」「福は内」
楽しげな声とともに豆まきが始まったのだった。


「鬼は外。福は内」
甥っ子たちが俺を追いかけて豆をぶつけてくる。キャッキャ言いながら投げるのだが、なかなかうまく投げられないようだ。俺の体に届く前に床に落ちる。
「ぐわぁ〜! なぐごはいねがぁ〜」
「伊織、それは違うヤツ」
「じゃあ、どう吠えればいいんだよ」
「さあ? 適当に考えなさい」
「丸投げかよ」
仕方がないので、『ごわぁ〜!』とか、『どひゃ〜!』とか適当に吠えながら、子供たちと戯れるようにして、逃げていたのだが、不意に、
――ピュン。
耳元を鋭い勢いで何かが飛びぬけていった。ついで、
――ピュン。カン。
少し先の廊下で何かが跳ねた。豆だ。俺のすぐそばを飛びぬけていった豆が跳ねたのだ。
「えっ?」
振り返ると、いつのまにか甥っ子たちが武器を構えていた。ゴムの弾力で豆を飛ばす飛び道具。ぱちんこ。スリングショット。
「って、こら、危ないだろ」
慌てて、制そうとしたのだが、
――パチンッ
「いてっ!」
伸ばした手の甲に横から豆が当てられた。すげぇ、痛い。
見ると、姉貴までもがスリングショットを俺に向けている。
「って、姉貴まで何やってんだよっ!」
そんな俺の抗議を無視して、無言で豆をセットして、パチンッ。今度はふくらはぎ。ズボンの上からとはいえ、結構痛い。
って、おいおい。
子供たちばかりではなく、姉貴も俺を狙ってきた。その上、的確に当ててくる。
「鬼は外。福は内」
感情のこもっていない平板な声で、狙撃してくる。
――カンッ!
お面に豆があたった。


結局、家の中じゅうを逃げ回り、ついに俺は外へ飛び出す羽目になった。気が付いたら、中から鍵が掛けられていて、締め出され、もうもどれない。俺のカギはカバンの中で今は自室の中。
「どうなってんだよ」
お面の下で愚痴るぐらいしかできなかった。
仕方がないので、近所に住む幼馴染みの家へ向かいあがりこんだのだが、
「鬼は外。福は内」
すぐに幼馴染みの家族に追い出された。スリングショットで豆をぶつけられて。
その後も、友人の家を転々とし、そのいずれでも、俺は問答無用で豆をぶつけられ、追い払われてしまった。
「どうなってんだ? いくら節分だからって・・・・・・」
結局、行くところを失くして、公園のブランコに腰かけ、夕闇が訪れるのを眺めていたのだが、
「もし、そこのお兄さん、お困りかえ?」
どうやら、俺に声をかけているみたいだ。声の主の方を見ると、今までに近所で見かけたことがない男性が犬の散歩をしている。『MONKEY EATS KIBI』というロゴの入ったジャージを身にまとい、フンの始末をするための道具が入っているらしい鳥の絵が描かれた巾着を手にしている。
「あ、はい。なんか、今日は節分だから、豆ぶつけられて、家を追い出されちゃって」
「ああ、それはお気の毒に。そうだ、こんな寒空の下で、行くところがないのでしたら、我が家にでもいらっしゃいますか?」
「えっ? いいんですか?」
「ああ、構いませんよ。私、この先に住む岡山って言います」
岡山さんはとても親切な人のようだ。好意に甘えて、俺は早速近くにあるという岡山さんの家にお邪魔することにした。
けど、この場所は我が家の近所だし、駅の行き帰りに何度も前の道を通ったはずなのに、岡山さんなんていう家があること自体気が付いていなかった。家の前にはデカデカと表札がでているというのに。不思議なことだ。
岡山さんの家に上がると、すぐに温かい飲み物を出してくれた。
ずっと外にいて、いい加減凍えていた体にはありがたいもてなしだった。
「ありがとうございます。助かります」
芳醇な桃の香りがする奇妙な飲み物。今まで飲んだことがないものだった。でも、とてもうまい。口当たりがよく、熱いといってもいいほどなのに、ごくごく飲める。
またたく間に、俺はそれを飲み干した。
しばらく、手の中の空になった湯呑みを眺め、しばし、もう一杯おかわりをもらおうか悩んでいたのだが、急に猛烈な痛みが頭を襲ってきた。それと同時に強烈な眠気も。今日は半日走りまわる羽目になったから、思っていた以上に体が疲れていたのだろうか。
頭がくらくらする。もう座ってなんかいられない。無作法だとは分かってはいても、我慢できずに、ついに、俺はその場で横になってしまった。
そして、意識を失う寸前、俺は岡山さんがなにごとかつぶやいているのを耳にしていた。
「ふふふ。薬が効いてきたみたいだな。この鬼め、覚悟しろっ!」


翌日、目が覚めた時、俺は自室のベッドの上に寝ていた。
両親に尋ねると、昨日遅くにフラフラと帰ってきて、そのままなにも言わずベッドに倒れこんだらしい。全然、記憶にはないのだが。
俺が昨日かぶっていた鬼の面は、テーブルの上に投げ出されており、これといって傷はついていないようだ。
夕方、姉貴たちがまた顔を出してきた。早速、俺の部屋に甥っ子たちが飛び込んでくる。
「いーちゃん」「いおりん」
子供たちは俺に抱き付いてくる。けど、昨日まで『いーおにいちゃん』『いおりんお兄ちゃん』とか呼んでいたのに、呼び方変えてきたのはどうしたのだろうか?
「こら、『お兄ちゃん』だろ?」
「ええー いーちゃんはいーちゃんだよね。ねぇ、咲」「うん。いおりんはおじちゃんだよ」
お、おじちゃん・・・・・・
た、たしかに、血縁関係的にはこいつらの叔父ではあるのだけど。だとしてもよりにもよって俺が『おじちゃん』?
その不意の言葉に衝撃を受けるしかなかった。そして、その後も、子供たちは俺のことを『おじちゃん』呼ばわりしつづけ、二度と前のように『オニイちゃん』と呼んでくれることはなかった。
そう『オニ』は追い出されたのだった。永遠に。
――鬼は外。福は内。


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