2017年04月02日

君が気に入ったわ




「君が気に入ったわ。私のところへ来なさい」
初対面の年上の、その上とても綺麗な女性からそんなことを言われて、舞い上がらない男なんていないだろう。
まさに、今の僕がそうだ。


この学校の入学式を終えた翌日、新入生へ向けてのクラブ勧誘活動が始まったその瞬間、真っ先に僕たちのクラスに乗りこんできて、この目の前の楚々とした見るからにお嬢様っぽい先輩がそう僕に告げたのだ。
静まり返った教室。昨日初めて会ったばかりの同級生たちが僕たちのことを目を丸くして見つめる中、何が何やら分からないうちに、僕は引きずられるようにして先輩の部活、文芸部の部室へ連れこまれたのだった。
「えっと」
「ようこそ。我が文芸部へ」
「は、はぁ」
マヌケな返事しかできない。というか、それ以外の返事なんてできるわけない。頭が回らない。
「座って、楽にしてくれていいから」
「はぁ 失礼します」
要領を得ないまま、部室に備え付けのパイプ椅子に腰かけた。
「先輩、一人なんですか?」
「うん? ああ、他の部員は図書館の方へ遠征してるわよ。すぐに本好きの哀れな新入生たちを捕まえて戻ってくると思うわ」
「そ、そうなんですか・・・・・・」
四方の壁を、ぎっしりと詰まった本棚が占領している部室。中央にテーブルがあり、僕が座る向かいで先輩が文庫本を広げている。
「えっと・・・・・・」
周囲を見回す。レンガみたいに分厚い文芸本だとか、カラフルな文庫本なんかが並んでいる中、見慣れた背表紙のあれは。
「マンガもあるんですね」
「ええ、そうよ。本ばかり読んでても疲れるでしょ」
「はぁ」
「好きなの手に取って読んでいいのよ」
「はぁ」
結局、手持ちぶさたなので家にもあるコミックスの一巻目を引き出して読むことにした。


「僕・・・・・・オレ、本とか読まない人なんですけど、いいんですか? 文芸部で?」
二人の人間がいるのに、黙々と読書している。会話もない。そんな沈黙に耐え切れずにとうとう口を開いた。
「ふふふ。あら、いいわよ、そんなの別に。私だってそんなに本なんて読まないし」
「そうなんですか?」
そう言っている割に、まったく手元の文庫本から視線を外さず、ページを繰っている。
しばらく、ほけっとその姿に見とれていたのだが(だって、すごく様になってて、窓から差し込む午後の光の中で神々しく輝いてさえ見えていたのだから)、
「あ、あの。どうしてさっきあんなこと言ったんですか?」
「あんなこと?」
「ほ、ほら、僕たちの教室に来て、先輩が・・・・・・」
正直、改めて僕のことを気に入ったって自分で言うのも恥ずかしいな。
「あら? うふふふ」
先輩はからかうように僕のことを見つめてきた。そんな風にされると、顔が熱くなる。居心地が悪い。
そんな僕の恥ずかしがる様子を観察してから、すっとテーブルの端に置いた僕のカバンを指さした。それから、自分のカバンを持ち上げて、
「ほら、これ」
「えっ? それって」
先輩のカバンの横についていたのは、僕のお気に入りのロックバンドのロゴが入ったバッグチャーム。もちろん、同じものが僕のカバンにもつけてある。
「私もファンなの」
「そうなんですか」
家族にも友人たちも、今まで身近にいただれひとりとしてあのバンドのファンなんていなかったのに、新しい学校へ入って早々にファン仲間を見つけちゃうなんて。
「僕、先月のライブ観にいってたんですよ」
「ふふふ。私もよ」
「そうなんですか。すごかったですよね。実は僕、ライブ観にいったのあの時が初めてで、感動してアンコールの曲のところで泣いちゃったんですよねぇ」
「ええ。号泣してたわね」
「えっ? 見てたんですか?」
「うふふふ」
神秘的な笑みを僕に向けていた。
――うん、この人にならこの三年間ついていってもいいかもしれない。


「でも、すごいですね。あんなのそんなに大きくないのに、すぐに見つけちゃうなんて」
バッグにつけてるチャームなんて、ほんの五センチもない大きさだ。大勢の新入生の中からそれを見つけだすなんて、さすがファンを自認しているだけのことはある。
「君の顔を覚えていたからね」
「えっ?」
「私の横であんな風に号泣してたら、そりゃ誰だって顔ぐらい覚えちゃうわよ」
「・・・・・・隣にいたんですか?」
「ええ、そうよ」
あんなみっともない姿を見られていたなんて。しかも、顔まで覚えられていたなんて・・・・・・ 穴があったら入りたい。
の、だけど。
けど、あのとき、僕の隣にいたのって、髪を赤や黄色に染め上げて、逆立て、けばけばしい化粧をして、真っ赤な舌を大きく出しながら指を立ててポーズを決めてるような人だったはず・・・・・・
こんな清楚でお嬢様っぽい美人さんなんかじゃなくて、もっと荒っぽい感じで、ヤンキー風の・・・・・・
そう、今、目の前でぎょろりと大きな目を剥いて、舌を長く伸ばし、指を立ててポーズを決めているちょうどそんな姿の・・・・・・
「夜露死苦!」


「この学校、結構、ああいうのうるさいのよねぇ 先生とかに知られたら、平気で内申点とか下げてくるんだから、内緒にしててよね」
「はぁ」
どう見ても、あのときの人には見えない。お茶とかお花が似合いそうな可憐で優雅なお嬢様なのに。
「いい、二人だけの約束よ」
「は、はい・・・・・・」
つまり、あのとき隣にいたのことを口止めするためだけに、僕を文芸部に誘ったってわけか。
そ、そうだよなぁ。今まで生きてきて、一度もあんな風に『君が気に入った』なんて言われたことなかったし。だよなぁ〜
「ハァ〜」
思わず、ため息がこぼれてしまった。失望というか、安心というか。そんなのがごちゃ混ぜな感じ。ま、理由がわかってすっきりはしたかな。
い、いや、別に泣いてないし。これは汗が眼から出ただけだし。
なんたって今日は暑いしね。
「でも、それはそうと、今度の日曜日、君、空いてるかしら、ちょうどチケットが一枚余ってるのだけど」


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2017年03月26日

「ウルフボーイ」の提供開始について




 当社ワタヌキ総合データべースは、独自のアルゴリズムを用いたソフトウェア『ウルフボーイ』を4月1日より提供開始いたします。


 みなさますでにご存じの通り、先日、第193回通常国会において、与野党満場一致で、電子通信に関する情報配信の適正化を促進する法(通称:フェイクニュース撲滅法)が可決、成立いたしました。
 この法律ではSNSやメール、ウエブページなどネット上で根拠の伴わない虚偽の情報を発信することが禁止されます。本年10月1日より施行され、違反者には禁固1年以下または100万円以下の罰金が課されます。


 さて、このたび提供することになりました『ウルフボーイ』は当社が独自開発したアルゴリズムを用い、創業以来37年間収集しつづけてまいりました当社の各種データベースと照合し、分析・解析し、ネット上にある情報の真偽を自動で判定するソフトです。
 各社から提供されているセキュリティソフトに併用して、この『ウルフボーイ』をインストールするだけで、ネット上の情報に紛れているニセ情報を赤文字として表示します。
 また、ユーザーが発信しようとする情報の真偽も常時監視いたします。万一虚偽が疑われるような情報が発信されそうになったときにはソフトから警告が発せられ、ユーザーが間違った情報を不用意に発信してしまうことを防止し、新法の違反に問われることがないようにいたします。


 本ソフトウェアは10月からのフェイクニュース撲滅法の施行に先立ち、4月1日より当社ウエブサイトより提供を開始いたします。
 どうぞ、みなさま新しいソフトウェア『ウルフボーイ』で、ネット上にあふれているフェイクニュースに惑わされない快適なネットライフをすごしましょう!


  月間使用料800円
  ※Android iPhoneに対応したアプリ版もございます。


ワタヌキ総合データベース社代表取締役社長
わたぬき くまのすけ



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2017年03月19日

桜シャツ




終業式も終わり、春休み。オンラインゲームを夜も更けるまで楽しめるようになった。
おかげで昼までベッドに横になっていられる。それでも、だれからも怒られない。春休みバンザイだ!


昼過ぎに目が覚めたのは、家の裏手の公園で近所のじいさんたちが騒いでいたから。桜のつぼみがいよいよ膨らみ、今週中には咲き始めそうだという。
で、自治会のお花見をどうするとか、ぼんぼりなどの飾りつけはいつするとかなんかを大声で話し合っていたのだ。
公園のすぐそば、家の中から花見ができるなんて最高じゃないかと羨ましがられる我が家だが、毎年、これからの時期は、正直うんざりしてしまう。花見客が夜遅くまで騒いでいるし、いつまでも灯っているぼんぼりの明かりで寝てられやしない。本当、迷惑な季節だ。
げんなりした気分でベッドを抜け出したのだが、下に降りてみると誰もいない。台所の食卓の上には俺の朝食(昼食?)が用意してあって、その脇に書置きが残してあった。
母さんは近くの町のデパートへ出かけているらしい。
だから、食後ログインする予定のゲーム内での段取りを考えながら、用意されていた昼食を取ることにした。
先日、母さんの実家から送られてきたタケノコを炊き込んだタケノコごはん。山菜の煮つけがおかずに添えられ、インスタントのみそ汁にポットのお湯を注いで掻きこむ。
うん、旬の味だ。うまい。
まあ、みそ汁はおまけみたいなものだし、気にすることはないよな。旬を満喫したってことでいいんだよな。うん。
てなわけで、もぐもぐ咀嚼していたのだが、
「ただいま〜」
玄関から母さんの声が聞こえてきた。すぐに足音が近づき、台所に入ってくる。
「まあ、まだ食べてたの? あら、やだ。もしかして、まだ寝てたんじゃないでしょうね? 春休みだからってダラダラしてちゃダメでしょ あなた、昨日、夜中の二時ぐらいまで起きてたでしょ。早く寝るようにしなきゃだめじゃないの」
早速、小言だ。まあ、肩をすくめて聞き流すだけだが。毎度毎度のことだしな。
「はぁ〜 本当、この子は・・・・・・」
いつものように呆れてため息をこぼし、母さんは居間の方へ荷物と一緒に移動していった。
「ごちそうさま」


昼食の皿をシンクへ移し、歯を磨く。
それから居間をのぞくと、母さんが嬉々とした顔で荷物を開いていた。
「ほら、見て見て、素敵でしょ。このお茶碗。ほら、猫の顔」
母さんが掲げる茶碗の内側には愛嬌のある猫の顔が描かれている。
「へぇ〜」「かわいいでしょ」
「ああ」と気のない返事をする。特に気に留めた様子もなく、次の戦利品の品定めを続ける。
女物の春物の服。靴。小物。化粧品。全部、母さんのものばかりだ。
どこかの名物のお菓子。今晩のおかずの惣菜類。明日の朝食用のパン類。うん、どれもうまそうだ。
昼を食べたばかりだが、また腹が空いてきた気がした。
「お茶にしましょうね。あなたもこのお菓子食べるでしょ」
「ああ」
そうして、母さんは台所へ立った。


母さんがお茶の用意をして戻ってくるのを待っている間に、テレビをつけ、つまらない昼の番組をボウと眺めていたのだが、ふと横を見ると、母さんの運んできた荷物の中に、まだ披露されていないものがある。
なんだろうと覗いてみると服だった。男物の服だ。
――なんだ、自分のものばかり買ってきてたんじゃないんだ。
手に取って広げてみると、満開の桜が描かれた派手な柄のシャツだった。さらに、もう一枚、赤白青のトリコロールなチェック柄。
――なにこれ?
ちょっと胸に当ててみると、二枚とも俺のサイズにぴったり。ってことは・・・・・・
――だれがこんなダサいシャツなんか着るんだよ。
ブツブツ言いながらも袖を通してみる。やっぱり、サイズが合ってる。そのまま全身が映る鏡の前へ移動して、ちょっとポーズを決めたりなんて。
――フッ。どうだ。こっちのキメ顔は。いや、やっぱ、こっちの手で額を抑えるポーズの方がもっと中二的でカッコイイかな。ハハ。なら、こうだ。
「ふふふ」
突然、背後から笑い声が聞こえてきた。鏡越しに、母さんがケタケタ笑っているのが見える。
「あら、やだ。似合ってるじゃない。それ気に入ったの?」
――見、見られたァ〜 よりによって母さんにあんな恥ずかしいポーズ。
顔が熱い。
「だ、だれがこんな派手なシャツなんか気にいるんだよ。子供じゃあるまいし」
「あら、そう?」
含み笑いして、全部分かってるわよ的な笑顔を俺に向けてきた。
「だ、だから、そうじゃなくて」
「うんうん。そうね。そうじゃないわよね。うふふふ」


母さんにはかなわないな。服のセンスはまああれだけど。はぁ〜
ため息とともにシャツを脱ぐ。元あったようにキチンと畳んで、元の場所へ戻す。
「さあ、お茶にしましょ」
「ああ」
おとなしく座布団の上に座ってお茶をすする。うん、相変わらず母さんが入れるお茶はうまいな。
ほどよく落ち着いた気分だ。恥ずかしさも、すこしだけ和らいだ。
で、まあ、たとえ俺の好みから外れたダサいシャツだとはいえ、俺のためを思って母さんが買ってきてくれたわけだから、ここは感謝の気持ちを言葉にして伝えるのが俺ぐらい大人になると当然なわけで。
ありがとうぐらい自然に言葉にできないとな。
息を吸い込む。
「ありがとうな。シャツ買ってきてくれて」
つぶやくように湯呑みにささやいたら、向かいの母さんの顔にすごく幸せそうな笑顔が咲いた。うん。公園の桜なんかよりも、何倍も見ごたえがある景色だ。
「うふふふ。そんなに気に入ったんだ。あのシャツ。母さん。うれしいわ」
「いや、別に気に入ったってわけじゃ・・・・・・」
本心からの言葉だったのだが、
「でも、ごめんなさいね。あれ、お父さんの分なの。あなたのは今度買ってきてあげるわね」
「・・・・・・父さんのだったのかよ」
なんだよ。感謝して損した。
二人してズズズとお茶を飲む。それから、母さんはちょっと困ったような表情を浮かべながら言うのだった。
「けど、なにかしらね。体がこんなに大きくなってもいつまでも子供よね。ママにベッタリなんだから。将来、お嫁さんに来てくれる子がいたら苦労かけちゃいそうだわ。本当、甘えん坊さん」
鼻の頭をちょんとつついてきた。どこかうれしそうに。


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posted by くまのすけ at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする