2016年12月18日

世界がぐるぐる

二,三日前から、なんだか体がだるくて、熱っぽく、これはやばいかもって注意して温かくして過ごしていたのだけど、寒気がひどくなって、頭が痛く、めまいが・・・・・・
絶対、これ風邪だな。
というわけで、あとで病院に行って、今日は一日布団にくるまって寝て過ごします。って、あ、今日は日曜日か。
仕方ないので風邪薬飲んで安静にしてます。

なんか、天井が回転しているような・・・・・・

おやすみなさい。
posted by くまのすけ at 11:12| Comment(2) | TrackBack(0) | サイト情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

残暑きびしい

立秋はとっくに過ぎて、暦の上では秋なんだけど、毎日猛暑日&熱帯夜。あつい〜!

で、そんな中、先日親戚に不幸事があってバタバタ駆け回っている間に、時間が経ってしまって、ゆっくりモノを考えている余裕がなかったのです。というわけで、今週の作品うpはナシです。

皆さんも、くれぐれも水分補給をこまめにし、クーラーを適切につけて、体を温めすぎないようにしてください。


ホンマ、炒るような炎天下で自宅から何マイルも離れた場所のお寺さん参りってまいるわ・・・・・・
posted by くまのすけ at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | サイト情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月21日

「流れに枕す」について

先日UPした作品「流れに枕す」について、出典等の問い合わせの声があったので、早速書きだしてみます。
とはいえ、実際には、くまのすけ自身、夏目漱石の作品は、『吾輩は猫である』『三四郎』『坊ちゃん』ぐらいしか読んだことがなく、これらはネット上から拾ってきたものなので、正確性は保証できません。


まず、タイトル「流れに枕す」について。これはもちろん、漱石の筆名の元になった漱石枕流にちなんでいます。意味は、無理な屁理屈をこねて、負け惜しみをいうという意味。三国時代の直後の晋の時代の孫楚という人物の言葉が由来になっています。

以下、括弧内が原文。
『うとうととして目が覚めると』 → 『三四郎』の冒頭
『私はその人とを常にケイ(先生)と呼んでいた』 → 『こころ』
『食いたければ 〜 泣くときは絶体絶命に泣く』 → 『吾輩は猫である』
『つまり、それが人間なのだから(なんだろう)』 → 後で出てくる『離れれば 〜 たとえ敵同士でもどうにかこうにかなるものだ』の後に続く文、『道草』
『僕はこんな風にして生きてきた(私は斯んな風にして生きて来たのです)』 → 『こころ』
『真面目とはね。真剣勝負の意味だからね(真面目とはね、君、真剣勝負の意味だよ)』 → 『虞美人草』
『のんきと見える 〜 違った音がする(のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする)』 → 『吾輩は猫である』
『本当の人間とは妙にひとくくりしにくいものなんだろう(本当の人間とは妙に纏めにくいものだ)』 → 『坑夫』
『ともかく、あれに乗ろう(ともかくも阿蘇に上ろう)』 → 『二百十日』
『乗り換え(梅田)の停車場を下りるや否や』 → 『行人』の冒頭
『私もケイ(K)の歩いた路を、ケイ(K)と同じように辿っているのだ』 → 『こころ』
『智に働けば 〜 流される』 → 『草枕』の冒頭
『親譲りの 〜 損ばかりしてきた』 → 『坊ちゃん』の冒頭
『名前のない猫』は、もちろん『吾輩は猫である』の猫のこと
『離れれば 〜 たとえ敵同士でもどうにかこうにかなるものだ』 → 『道草』
『僕も弱い男だが、弱いなりに死ぬまで黙ってようかと(僕も弱い男だが弱いなりに死ぬまでやるのである)』 → 森田草平への書簡、森田草平は作家・翻訳家で漱石の門下生の一人。私生活での不祥事が多かった。
『ここ(此処)では喜劇ばかり流行る』 → 『虞美人草』
『失態の記憶(恋心)というやつは、いくら罵りわめいたところで、おいそれと脳(胸)のとりでを出て行くものではない(ありますまい)』 → 恋について語った有名な漱石の言葉だけど、出典不明。
『私は(僕は)〜死ぬ迄記憶(進歩)する積りでいた(居る)』 → 森田草平への書簡
『どうか気にしないで下さい。〜 図々しく進んでいくのが大事です(どうぞ偉くなつて下さい。然し無暗にあせつては不可ません。たゞ牛のやうに図々しく進んで行くのが大事です)』 → 芥川龍之介への書簡
『満身の力を込めて自転車の機構を働かすように(【前後を切断せよ、妄りに過去に執着する勿れ、徒らに将来に望みを属する勿れ、】満身の力をこめて現在に働け)』 → 『倫敦消息』
『血の力で体が動くように(【私は冷かな頭で新らしい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。】血の力で体が動くからです)』 → 『こころ』
『薄暗くじめじめした路地(所)』 → 『吾輩は猫である』の冒頭
これら以外にも、いくつかの小説のタイトルがあります。


最後に『月が綺麗ですね』はこの作品を書くことになった原点の言葉です。ちょうど来週日曜日が十五夜なので、月をモチーフにした話を書こうとして、この言葉に行き当たり、なら、漱石の文章の引用などを散りばめてみたら面白いかもと書きあげたものです。
ちなみに、この『月が綺麗ですね』は漱石が英語教師時代に『I love you.』の日本訳語とした言葉です(ただし、このエピソードは1970年代になって巷間に広まったエピソードで、創作であると言われていますが)。
posted by くまのすけ at 22:14| Comment(1) | TrackBack(0) | サイト情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする