2013年01月07日

エピローグ



戴冠式の朝、あたしは王宮の裏門に立ち、王宮の方に向かって、深々と頭を下げた。
これからあたしがしようとすることは正しいことだ。それだけは、自信をもってはっきりと言える。だけど、じゃ、迷いがないかと訊かれれば、返事に困ってしまう。ここずっと、迷いに迷って、ついに出した結論がこれなのだから。
それでも、これで見納めになる王宮の姿。そして、その中にいるはずのあの人のことを思えば、胸が締め付けられる。胸がつぶれそうになる。
裏門の衛兵さんが、あたしのことをジッと見てる。
すこし嫌悪感のこもった視線。あたしのことを魔女だと思っているのだから、当然ね。
そして、魔女だから、王宮内の人とはちょっと違ったことをしていても、特にとがめだてされることはない。だから、今、あたしがしているように、王宮に向かって別れを惜しんでいても、衛兵さんは近寄ってきて、事情を聴こうともしてこない。
これも魔女としての特権ね。きっと。
さて、いくら別れを惜しんでいても、終わらないわ。そろそろ、あたし、出発しなくちゃ。
昨日の晩、あの人は、忙しい公務の間に、あたしと二人きりで夕食をともにしてくれた。
その席で、あたしに、いつまでも自分と一緒にいてほしいと言ってくれた。自分を支え続けてほしいと言ってくれた。うれしかった。天にものぼるほどうれしかった。
でも、あたしは、ウンとは言えなかった。言っちゃいけないと知っていた。
あたしは、カインバラのしがない庶民。彼は翌日には国王になる身。身分が違いすぎる。それに、彼にはアリシアという許婚だっている。だから、これからも一緒にいてほしいというのは、あくまでも、魔女としてであって、それ以上の意味なんてないはず。バカな期待をしちゃいけない。
あたしは、自分にそう言い聞かせていた。無理やりにでも、そう納得させようとしていた。
でも、できなかった。どうしても、彼のことを思ってしまうし、彼と愛し合えればと願っている自分の心は消すことができなかった。
いずれ彼はアリシアを迎え入れ、王妃にするだろう。あの人とアリシア。お似合いの二人。その二人が幸せそうに微笑を交わす場所で、あたしは魔女として、付き添わなくちゃいけなくなるだろ。
……
そんなの、あたしに耐えられる自信はないわ。悲しすぎるわ。
だから、あたしは、ここずっと悩んでいたことを決めたのだ。彼の元を去るって。
彼のために。ううん、あたし自身のために。

あたしは、人ひとり通り抜けられるかどうかの大きさしかない裏門をくぐりぬけようとした。
そういえば、あたし、出会ってからずっと、あの人から逃げることばかり考えていたわね。
そのことを思い出して、ついクスリとしてしまう。
「よっ、思い出し笑いかい? なにか、たのしいことでもあったのかい?」
あたしの行く手を塞ぐように、男が立っていた。
「ジューン、なんでここに?」
「ん? ああ、朝まで町で飲んでいたのさ。久々の華の都、うるわしの王都だからな。たのしまねぇとな」
酒臭い息。かすかに女の香水の匂いもまじっているみたい。
「そっちこそ、なんでこんなところにいるんだい?」
「べ、別にいいでしょ! アンタには関係ないでしょ!」
「ああ、まあな。そりゃそうだ」
「じゃ、そこどいてよ。アンタが邪魔で、この門通り抜けられないじゃない!」
「へへへ、そっちがどくっていう選択肢はないのかい? オレにしてみりゃ、あんたが邪魔でこの門を通り抜けられないんだがな」
にらみ合う。でも、あたしの方が視線を逸らせてしまった。
「そうね。そうするわ」
それから、あたしが一歩脇にどく。
「あんがとよ」
ジューンが中に入ってきた。それから、あたしの肩に手を置いてきた。
「なあ、これからどこへ行くつもりなのか知らねぇが、こないだからアイツの周りにいる貴族だとか、大臣だとかいう大人たちを見てたかい?」
「……?」
「あいつらみんな、ついこないだまで、デリク・ガスペールのことを王様って崇めていたやつらなんだぜ。それが、アイツが反乱を起こして、デリク王を排除したら、途端に、アイツのことを英雄だとかなんとか持ち上げ始めやがった」
「う、うん……」
たしかにそう。今、彼らは、まるで昔から忠誠を誓っていたかのように振舞っている。つい最近まで、別の人間を主君にいただいていたというのに。
「そんな中に、アイツを一人ぼっちで置き去りにして、行っちまうんだな。お前って、薄情なヤツだったんだな」
「そ、そんなことは……」
思わず、大声で言い返そうとして、止めた。ううん、言い返せなかった。代わりに、
「だって、あたしは、魔女なんかじゃないもん! 普通の女の子だもん! 何の役にも立てないわ!」
思い切って、そう言った。たぶん、こんなことを言ったら、ジューンは、すごく戸惑っちゃうんだろうなって、心の片隅でおもいながら。でも、
「ああ、そうだな。たしかに、そういう面じゃ役に立てねぇな。アンタじゃな」
予想外の一言。あたしのこと、魔女じゃないって知っていたの?
どうやら、あたしの疑問が顔に出ていたみたい。
「ふん。見てれば分かるさ。魔女じゃないって。それに、アイツだって、例の石持っているんだぜ。気がついていないはずないじゃねぇか」
改めて、指摘されて、はっとした。そうだった。真実の石。
「それでも、アイツは、アンタに傍にいてほしがっているんだろ。王妃になってくれっていってるんだろ?」
……はっ?
な、な、な、なに言ってるの、ジューン?
「え? な、な、な、なんで、あたしがあの人の王妃に!」
途端に、ジューン、『ハァ?』って呆れたような表情であたしを見るし。
「もしかして、気がついてなかったのか、あの姫様の策略によ」
「えっ? えーと……?」
「はぁ〜 これだよ、まったく!」
顔を覆って、大げさにため息。
「大体な、ジョン王の故事にちなんで、アンタを魔女に、レイブンの旦那を神官に仕立てたんだろ?」
「う、うん」
「そして、ジョン王のそばにいた魔女は、のちにアリサ王妃となったわけだろ?」
「え、う、うん」
「なら、そのアリサ王妃の役を演じるアンタは、アイツが国王になったら、王妃になるってことじゃないかよ。そんなことも分かってなかったのかよ!」
「……そ、そんな」
そういえば、あのセラの館の大広間で、あの人はあたしの返事にとてもよろこんでいた。レイブンさんもユリウスさんもうれしそうだった。
「さらにいうと、聖ぺリオールの神殿の神官が、アイツが生まれたときに与えたという予言のことだってあるだろ?」
「えーと……」
「つまり、将来、アイツはカインバラの娘を妻に迎えるだろうという予言さ。どうやら、アイツの父親の国王はカインバラの領主の娘だと思ったようだが、神官が言っていたのは、あんたのことだったろう」
「……」
信じられない思いで、その場に立っているしかない。改めて、ジューンにいろいろと解説してもらうまで、全然気がついていなかったことばかりだ。
「あ、あたし、どうしたら……」
「さあな。どうするかは、アンタが決めることさ。オレの知ったことじゃねぇぜ。でもな、もし、アイツのことをあんな大人たちの中へ見捨てていったりなんかしたら、オレはあんたのことを軽蔑するぜ。一生な」
「……」
「だいたい、アイツだって、自分から進んで国王になろうとしているわけじゃないんだろ?」
「……うん」
「オレらや、まわりのやつらがアイツに国王になってほしくて、期待しているから、アイツは国王になるんだろ?」
「うん」
「アンタだって、セラに行ったのは、故郷の人たちの期待を背負って行ったんだろ? 途中で逃げ出したりもせずによ」
「ええ」
「道中、いろいろあったんだ。アンタが逃げ出したとしても、だれもアンタのことを悪くは言わなかったはずだぜ。なのに、アンタは最後までやり遂げて、水神の祠をお参りした」
「う、うん」
「アイツと同じじゃねぇか。周りの期待を一心に背負って、それに応えようと頑張ってた。だから、アンタの周りには、オレたちがしだいに集まったんじゃねぇかよ。よし、頑張ってるアンタのために応援してやろうってな」
「……」
「アイツも、これから周囲の期待に応えて頑張ろうとしているんだぜ。そんなアイツを見捨てるのかい、アンタは?」
なにも言えなかった。すごく自分が惨めで、恥ずかしかった。
「と、言うわけだ。あとは、アンタの方で、なんとかしな。オレのできることは、ここまでだからな」
突然、ジューンはあたしの背後に声をかけて、さっさと背中を見せた。
えっ? なに、もう行っちゃうの?
見ていると、立ち止まり、再び、あたしに声をかける。
「ああ、忘れるところだったが、ヤンダルは、こないだから十分な雨が降るようになったらしいぜ。あと、こないだのとこれの報酬の方はよろしくな。じゃな、あばよ」
そうして、背中で手を振って王宮の中へ去っていった。
すぐに、あたしの背後からは、もう聞きなれた若々しい男性の声が聞こえてきた。
「ああ、わかった」
あたしは、心臓が高鳴るのを覚えていた。胸の前の箒をさらにきつく抱きしめる。
「魔女様、よろしいですか? こちらを向いてくれませんか?」
優しい声。あたしは、ギュッと目をつむって、ゆっくりと振り返る。
「ジューンが言っていたように、どうか私の傍で、これからもずっと一緒にいていただけませんか?」
あたしは、返事をできない。ただ、黙って、眼を閉じて、息を止めて、立っているだけ。
「それと、魔女様は、キルディア卿に名前でご自身をお呼ばせになっていますが、それを私にも許可していただけませんか?」
すこし沈んだ感じの笑いを含んだ声。でも、とても素敵で甘い声。
あたしは、ゆっくりと息を吐き出し、眼を開く。そして、目の前の心配そうな心細そうな顔にむかって、引きつる頬の筋肉をなんとか意思の力で制御しながら、微笑もうと努力した。
「ええ、いいわ。許可します」
「ありがとう、ララ」
満面の笑顔。
「でも――」
途端に、元の心配顔。
「あたしは、あなたの呼び方を変えるつもりはないわよ」
「えっ?」
「それは、これまでずっと、そして、これからもずっとあたしだけが呼びかけることのできる特別な呼び名だから」
ようやく、あたしは笑顔になれた。もしかしたら、他の人から見れば、泣き顔のように見えていたかもしれないけど。そんなことはあたしの知ったことじゃないわ。
それからあたしは、その人に、そっと心を込めて呼びかけるのだった。今までで一番の声で。小さく震えながら。
「ジョン」と。

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別の話K カエル王伝説



その後に広まった、噂によると、この離宮の池に突然現れた二匹のカエルが、そのカエル離れした知性で、たちまちこの池にすむカエルたちを制圧し、支配し、カエルの王になったそうな。
そして、その力は、この池だけにとどまらず、全世界に及び、ついには世界中のカエルというカエルが、このカエル王のもとにひれ伏すようになったという。

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第十二章



あたしたち反乱軍は、王都へ迫っていった。
すでに、王都からは、王都内各地区の代表者や大臣たちなどからジョンへ恭順の意が伝えられている。だから、王都を武力で攻略する必要なないのだけど、ただ、王都のすぐ近くにある離宮にデリク王が立てこもっている。
ガスペール王国の王権を象徴する冠だとか、儀杖だとかを今保管しているのは、デリク王。だから、ジョンが正統な王位を継承するためには、いずれにしろ、デリク王を倒さなければいけないのだった。

あたしたちは、離宮を囲むように陣を敷く。
離宮は周囲を囲むように人工の池が掘られており、国の各地から取り寄せた珍しい樹木がたくさん植えつけられている。また、敷地の中に建てられている建物の数は膨大で、それぞれの建物も豪壮なものだった。
もし、本気でその中で逃げ隠れしようとすれば、あたしたちの人数では、一日や二日では見つけられないかもしれない。
あたしたちは、デリク王がすぐに見つかるように神に祈って、離宮の敷地の中へ入っていった。

離宮の中には、人がほとんどいなかった。
あたしたちが接近してきたというので、中で働いていた多くの人がすでに逃げ出した後だった。
あたしたちは、手分けしてデリク王とその所持する王冠や儀杖を探し求めた。
そして、あたしたちがその部屋へ入ったとき、ついにデリク王の姿を見つけたのだった。
離宮の中で一番奥まった場所に建っている建物の中の大広間。その一番奥に、王都にあるものよりも一回り小さな玉座すえられており、そこにちょこんと座っていたのが、デリク王だった。

デリク王は、ずり落ちそうなほど、斜めに傾いている王冠を、ほとんど白髪交じりの頭に無造作にかぶっている。顔色もさえず、眼の下に大きなクマをつくっている貧相なやせた男だった。
「デリク! お前、デリクなのか?」
あたしとジョンがその広間に最初に足を踏み込んだとき、思わず、ジョンがそう叫んだ。
「ああ、ロイか、ひさしいな」
「どうしたんだ、その姿は?」
「ん? ああ、ははは……」
デリク王は力なく笑った。すべてをあきらめきったかのような表情。
まあ、折角、王になったというのに、王都への入城を断られ、王として敬意をしめす者もなく、さらに、息子を失った男。しかも、もうすぐ、その王位すら、ロイに奪われるだろう。
そんな状態で、毅然としていろというのも、無理な話なのかもしれない。
「デリク、父は? 父はどこにおられる?」
「ん? ああ、そうか、お主は、まだ知らぬのであったな。お主の父上はとっくの昔になくなっておられるよ」
「……」
「あの反乱のおり、バカ息子のマークが手をかけおった」
ジョンの肩が震えている。
「だから、わしはお主に謝らねばならぬの。マークを止めることができなんだ。すまんかったの」
ジョンは目をギュッと閉じ、そして、デリクを見上げた。
「では、父の遺骸は? 父はどこに葬られた?」
「ああ、どこじゃったかの……」
デリク王はニヤリと笑った。ジョンに一矢を報いることができると気が付いたようだ。

ふっと広間の側壁近くに気配が生じた。
全員の眼が、そっちを向く。
そこに立っていたのは、フードを目深にかぶった神官服の女性。
あ、あれ? さっきは、こんなところに、こんな人なんていたかしら?
その神官さん、無造作に広間の真ん中に進み出てくる。
「あ、あなたは!」
「おや、ひさしいの、ロイ王子。それから、デリクも久しぶりじゃの」
えっと、二人ともお知り合い?
ジョンの方は感謝するように、その新たに出現した人物に頭を下げたが、デリク王の方は、さっきまでのどこか投げやりな様子から一変して、厳しい眼で、その神官をにらんでいた。
「貴様、何しに来た! 貴様のせいで、わしは、わしは…… 帰れ! この悪魔の手下め、帰れ!」
「おや、ご大層な歓迎だねぇ〜 デリクや。しかも、このあたし、聖ぺリオール神殿の偉大なる女神官様を捕まえて、悪魔の手下などと」
「貴様のせいで、わしは、折角手に入れた王位すら失うのだぞ! いい加減な占いなんかしやがって!」
「ふふふ、さて、どのような占いをしたかしらねぇ?」
って、聖ぺリオールの占いを信じてうんぬんって、むしろ、信じた方が悪いと、あたしは思うのだけど。えっと、違うの、王都では?
「貴様が、わしは王位につき、いずれは世界を統べる者だと予言さえしなければ、わしは先の王をだまし討ちにするなんてことをしなかった! すべては貴様のせいだ! わしが破滅したのは、貴様があんな予言をしたからだ!」
「ああ、そうかい。その予言を信じていたのかい。なら、まだ、しばらく信じていてもよいぞよ」
「まだ、いうか! 貴様!」
「あたしはウソはつかないよ」
「なにを! この嘘つき神官め! ごくつぶしの強欲ばばあめ!」
「ほ、ほう。アンタ、あたしを怒らせたいみたいだねぇ。それ以上言うと、ただじゃ済まさないわよ!」
「なにを! なにが『それ以上言うと、ただじゃ済まさないわよ』だ! じゃ、そのただじゃ済まないって言うのをやってもらおうじゃないか! このヘボ占い師! どうした? やっぱり、口先だけか?」
その神官、さっきから口の中でモゴモゴ何かつぶやいているみたい。
それにはまったく気づかず、デリク王は、神官をののしり続ける。
「にせ占い師! ごくつぶし! 寄生虫!」
次の瞬間だった。神官の指の先から光が走り、デリクの体を包み込む。
「ぎ、ギェェエエエーーーー!」
デリク王の口から絶叫がほとばしった。そして、ポンというマヌケな音がして、デリク王の姿は消えた。後に残っているのは、玉座と、王冠、儀杖、それにデリク王の着ていたものだけだった。
あ、いや、ちがう。王冠の隙間から、なにかがモゾモゾと動いているのが見える。
不意に、ひょっとそれが首をだした。緑色のヌメッとした皮膚。カエルだ!
カエルはぴょんと王冠の縁を飛び越えると、ピョンピョンと広間を横切り、空いている窓から、外へ飛び出していった。
――チャポーン♪
周りの池に飛び込んだようだった。
「ふぅ〜 それから、そこの柱の影に隠れている男、お前はなに者だい? でておいで」
神官さんは、広間の隅にある柱の一つに言う。
あ、本当だ、だれか隠れている。
自分が隠れていることを言い当てられ、驚いたのか、その男、小走りに神官さんの前に進み出てくる。さっきのデリク王への魔法を見ていたようで、恐怖で見開いた眼をして、大量の汗を掻いているようだ。
「お、お願いです。お命ばかりは。お助けを!」
「なんだい、お前は? なにか用かい?」
「お助けを! 私は、デリク王とは違って、なにも悪いことはしていません! どうかどうか、神官様、格別のお慈悲を!」
「だから、なんだい、お前? あたしになにか用かい?」
「お助けを! お助けを!」
全然、会話がかみ合っていない。神官さんの態度の中にイライラとしてものが紛れ込んでくる。
「お命ばかりは! お助けを!」
「しつこいわね! あたしの質問に答えないかい!」
「お助けを! お助けを!」
神官さん、やれやれというように、首を振って、口の中で呪文を唱え始める。それに気がついて、大きく見開いた眼をさらに広げて、その男は後ずさった。次の瞬間、背を向け、ワッと悲鳴をあげて逃げようとする。
「あら、ルーズベント、こんなところにいたの!」
目の前に眉を逆立てて立ちふさがった美少女の姿を認めて、その男は、思わず立ちどまた。
「お、お館さま!」
その後、その男がなにを言おうとしたのかは分からない。なにしろ、また神官の手から光が発せられて、その男を捕らえ、デリク王と同じように、カエルに姿を変えられてしまったから。そして、そのカエルもまた、池へ逃げていった。
えーと、確かどこかで見たことがある男だったけど、だれだったろう? 最近、いろいろな人と出会ったから、思い出すだけでも一苦労だわ。でも、まあ、いいわね。思い出せなくても。

「さて、ロイ、どうやら、アンタは、あたしの予言のとおり、カインバラの娘を手に入れたみたいだね」
「手に入れたというわけではないのですが……」
「ん? そうかい?」
「魔女様には、そのご恩情に甘えて、私とご同行いただいているだけなので」
「ああ、そういうことかい。でも、あたしが言っているのは、そういうことじゃなくて、あんたが生まれたときにあんたの父親に予言してあげた方の娘さ」
「え? それは……」
「どうやら、あのあと、あんたの父親は、なにか誤解をしたみたいだがね。まあ、結局は、正しい道に戻ったってことかね」
「……」
ん? なんの話だろう?
ジョンは、神官さんの言葉を聞いて、深く考え込んでいるようだし、レイブンさんもユリウスさんも、納得がいったとでもいうように、大きくうなずいていた。
わけが分からないのは、もしかして、あたしだけ?

「それから、娘、アンタ、懐かしいものを持っているじゃないかい」
えっ、あたし? なに? 今度はなに?
その途端だった。また、空耳が、
――ご、ご主人さま! 生きていらっしゃったのですか!
途端に、あたしの腕の中から、ファム伯母さんのお守りが飛び出す。勝手に空を飛んで、その神官さんの手の中へ。
えっ! そんな! なんで?
神官さんは、手につかんだものを様々な角度からじっくりと眺め回した。そして、突然、その毛の中に腕を突っ込んだ。
真剣な表情で、毛の中を探る。不意に、顔を上げ、にんまりと笑った。それから、毛の中から、何かをつかんでゆっくりと引っ張り出してきた。
その手にしているものは……
キラキラと光ってはいる。けど、その光は鈍く、弱々しい。ガラス玉? でも、この神官さんが手にしているものよりも、ガラス玉の方がはるかに輝いて見えるだろうに?
なんだろう?
「うへへ、これはドラゴン・ティアーズさ。ドラゴンの涙が、長い年月をかけて、結晶化した魔石さね。えへへへ。ついに、ついに、あたしは手に入れたよ! うへへへ」
大事そうに、その魔石を懐にしまう。一方、あたしから取り上げたファム伯母さんのお守りを無造作に放り投げた。それは、すごい勢いで、再びあたしの腕の中で飛び込んできた。
――ふぅ〜 ご主人に殺されるのかと思った。他の人間に勝手に仕えているのを咎められるのかと思ったよ。助かったぁ〜
また、空耳。って、空耳よね、これは。そういえば、今まで、この空耳が聞こえたときっていったら、このお守りをあたしが触っているときばかり。それに、このお守りが近くにあるときには、飛んで来るものの軌道が変わったり、レオとおしゃべりができたり……
ま、まさか?
あたしは、まじまじとその腕の中のお守りを見つめる。
「娘、その箒はあたしのかわいいしもべだったものだよ。これからも、そいつの魔法ともども大事におし。ぞんざいに扱ったりしたら、ただじゃ置かないわよ」
「えっ、あ、は、はい……」
神官さんは、ニコリと微笑んだ。フードの中のその顔は、深いしわが何本も刻まれていて、何歳ぐらいなのか見当もつかないけど、とても美しいとあたしは思ったのだった。いつか、この人のようになりたいと。
――それは、やめたほうがいいよ。この人、結構、意地悪で、性格が最悪だからね。
つい、噴き出してしまう。ふふふ。
「さて、それじゃ、あたしは、あのくそ坊主のところへ戻るかね。ロイも、それから、アンタも、精々きばんなさいな。じゃ、あばよ」
そうして、神官服を巻き込むようにして、神官さんの姿は消えたのだった。

別の話K
旅の魔女様、どうぞお供に! 目次

posted by くまのすけ at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 長編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする