2017年05月14日

遅刻ッ!




AM8:00――
たしか目覚ましのベルが鳴ったので、自分で止めたのを覚えている。仕事に出かける前に母さんが何度か起こしに来たことも。なのに、なんで俺はこんな時間までベッドの中にいるんだ?
二度寝の恐怖を今さらながら味わいながら、ベッドを飛び出した。
完全に遅刻だ。今からじゃどうあがいたって、一時間目の授業開始には間に合わない。
慌てて制服に着替え、髪を整える間も惜しんで部屋を飛び出す。
キッチンの食卓には俺の朝食も用意してあったが、今はそれを食べている場合じゃない。
いや、でも、今さら慌てたってどうせ間に合いっこないんだから、もう腹をくくってゆっくりとしていけばいいのだが、この時の俺はそこまで頭が回らなかった。まだ寝ぼけていたのか、それとも、やっぱり隣の席の三浦さんのとてつもなく整った顔を早く眺めたくって焦っていたのか。
あの麗しすぎるご尊顔なら、一日中眺めていても飽きはしないし、実際に隣の席だという特権を利用してそうしてさえいる。
あの美しい顔に素敵な笑みを浮かべて、俺の方へ視線をくれたりなんかした日には、幸せすぎてもう天にも昇るような心持ちになってしまう。考えただけでも心臓が高鳴って全然眠れやしない。だから、昨日は夜遅くまで眠りにつくことができずにいて、こんな体たらくなのだ。
でも、でも、それでも、早くあの素晴らしい絵画のような眺めをこの目に入れたい! 記憶にとどめたい! 早く学校へ行きたい!
そうして、俺は自宅を飛び出したのだった。


大通りの横断歩道を小走りして通り抜け、交差点を二つ曲がって、三つ目の角を右に曲がって。
――遅刻、遅刻ッ!
心の中で悲鳴に近い叫びを上げながら、全力疾走する。角を曲がる前にふとなにか聞こえた気がした。
「遅刻、遅刻ッ!」
あ、もしかして、考えていたことが口からでていたのか?
慌てて、口をつぐむのだが、息が続かなくて、すぐに口元が緩む。そのまま、先を確かめもせずに角を曲がった。
――ドンッ
まさに同じ角を反対方向から曲がってきた人間がいた。もちろん、正面衝突。そいつは、口に食パンを咥え、『遅刻、遅刻ッ!』と器用にしゃべりながら突進してきた奴。
そいつは体の前部にクッション性の高いふくよかな肉を備えていた。体の前部に突出した肉。脂肪の塊。その肉のおかげでぶつかった俺たちは特に大けがをすることもなく、ただ、俺だけが弾き飛ばされた。
「あいたたた・・・・・・ なにすんだよ」
「ああ、悪いな。大丈夫か、先を急いでいるんだ。すまない」
そいつはそう言い残して、後ろを見もせずに走っていった。見るからに相撲部らしいドスドスとした重たい足取りで。


弾き飛ばされた俺は、何が起きたのか分からないまま地面に横たわっていた。と、額のあたりを生暖かく湿ったざらりとしたものが撫でた。荒い息遣いがすぐ耳元から聞こえてくる。
顔を上げると、至近距離でチワワの顔があった。
「ワン!」
さらに、もう一度、俺の額をぺろりと舐めやがる。
「ほら、タロちゃん、お兄ちゃんが困っているでしょ。やめなさい」
飼い主らしきおばあさんがチワワのリードを引っ張っている。
「ごめんなさいね。けど、あなた、大丈夫。激しく転んじゃったみたいだけど?」
「ああ、大丈夫です」
そうして立ち上がると手の甲に擦り傷が。
「あらあら、血が出てるじゃない」
「平気ですよ。これぐらい。ツバでもつけてれば、そのうち治ります」
「だめよ、そんなの。ばい菌とか入って、へんな病気にでもなったら困るでしょ」
「でも・・・・・・」
そうは言われても、今、手元には手当ての道具なんてもってないわけで。学校へいけば、保健の新田先生に手当てしてもらえるのだけど。
「いいわ。うちに来なさい。手当てしてあげる」
「え? そんな。ご迷惑をおかけするわけには」
「遠慮なんてしなくてもいいわよ。大したことじゃないから。それに、その制服だと北高でしょ? うちの孫が同じ学校に通ってるから分かるの。でも、今からじゃ間に合わないでしょ? 車でもない限り」
正直、車でも間に合いそうにない時間なのだが。
「ついでだから、送って行ってあげるわよ」
「で、でも・・・・・・」
「もう、若いんだから、こんな年寄りに遠慮なんてしないの。いい?」
そうして、強引に俺の腕をつかんで、おばあさんの自宅に連れ込まれたのだった。


俺の怪我の手当てを終え、おばあさんが車を出してくれるという。
「さあさあ乗って。さあ」
「し、失礼します」
促されるままに助手席につくのだが、運転席のおばあさん、なにかを思い出した様子で。
「あら、そうだったわ。これをつけなくっちゃ」
そういって取り出したのは若葉マークとシルバーマーク。両方を手にすると、一旦、車を下りて、車両の前後にペタペタと張り付けていく。とても楽しそうなんだけど、その様子を見ていたら、正直、とても不安な気分にしかならない。
大体、運転初心者を表す若葉マークに、七十歳以上の高齢者ドライバーを表すシルバーマーク。安心できる材料はなんてどこにもない。
「それじゃあ、出発しましょう!」
そうして、いきなりアクセルを目いっぱい踏み込むおばあさんがいた。


「ん? ああ、ベッドの中か。夢か。夢だよな。そうだよな。そんな朝っぱらから暴走ばあさんの車に乗るなんて・・・・・・ でも、ひどい夢落ちだったな」
そうベッドの中でブツブツつぶやきながら、時間を確かめるために目覚ましの置いてある方へ手を伸ばしたのだが。
「あれ? どこいったかな?」
寝ぼけまなこを上げると、見慣れない景色。ベッドのパイプ越しに見えるのは殺風景で真っ白なカーテンが窓のそばで揺れているってもの。
「えっ? ここって?」
断じて俺の部屋なんかじゃない。けど、見覚えがあるというか、ここへは確かに何度も来たことがある場所というか。
そう、学校の保健室のベッドの上だった。
「あら、起きたの」
顔をのぞかせたのは保健の新田先生。白衣を着て、俺の顔を覗き込んでくる。
「びっくりしたわよ。すごいスピードで突っ込んできた車から降りてきたかと思ったら、下駄箱の前でバタンって倒れちゃうんだもの」
そうだった。俺はあの初心者で高齢者ドライバーのおばあさんが運転する車に乗り、なんとか無事に学校へ到着することができた。
なんとか五体満足なままで・・・・・・とても幸いなことに。
うう・・・・・・ 思い出しただけで体が震える。苦悶の呻きが漏れる。
そんな俺に、新田先生はやさしく声をかけてくれるのだった。
「ああ、まだ体調が悪そうね。もうしばらくここで休んでなさい」
その言葉に甘えて、俺は目を閉じた。


次に目を開けると、目の前に天上の美が現出していた。
「大丈夫?」
三浦さんは大きな目に心配そうな色をたたえて、俺の顔を覗き込んでいる。
たちまち、俺の体温が上がる。顔があつくなる。
「ど、どうして?」
「ごめんね。うちのおばあちゃんの車に乗せちゃって。怖かったでしょ?」
「えっ?」
そういえば、どことなく、あのおばあさんと三浦さんには似通ったところがあるような。
「三浦さんの?」
「そう、私のおばあちゃん」
「そうだったんだ」
「ほら、おばあちゃん、運転荒いでしょ? だから、うちの家族だれも一緒に乗りたがらなくて。それが欲求不満みたいで」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「でも、二時間目終わったところでおばあちゃんからメッセージが届いて、今朝大村君を学校まで送ったってあったから、心配になって来てみたのだけど」
うん、起き抜けに眺めるものとして、これ以上に幸せな景色ってないよなぁ すごく幸福な気分だよなぁ
ぼうっとしながら聞いていたのだけど、
「思ったよりも元気そうみたいね。でも、おばあちゃん喜んでたよ。若い子とはじめてドライブデートしたって」
「そうなんだ」
「うん、そう。大村君。ありがとうね」
布団の上に出ていた俺の手をぎゅっと握ってまでくれたし。なんて、柔らかい手なんだろう。このままでいつまでも・・・・・・
「大したことじゃないよ。俺も楽しかったし。うん。また今度も誘ってほしいな」
「えっ? いいの? それを聞いたら、おばあちゃんも喜ぶよ」
麗しいかんばせにパッとバラの花が咲いたみたいだった。


というわけで、それ以来、日曜日ごとに、俺はドライブデートに出かけるはめになったのだった。
三浦さんのおばあちゃんと・・・・・・ はぁ〜
近所中の神社仏閣を回って交通安全のお守りを集めてこなくちゃ。
けど、肝心の三浦さんは、絶対に俺たちに付き合って一緒に乗ってくれようとはしなかった。何度も誘ってみたのだけど。三浦さんが一緒ならどんな試練でも耐えられる気がするのだけど。
いや、だけど、やっぱり一緒に乗らない方がいいかな。三浦さんにはあんな恐怖体験してほしくはないし。ふぅ〜
ああ、そうそう、でも、ひとつだけいいことがある。だって、ドライブの間、三浦さんのことをいろいろとおばあさんから聞きだすことができるのだ。
だから、今度の誕生日、教えてもらった三浦さんの大好物のデザートでも買ってプレゼントしよう。


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posted by くまのすけ at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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