2017年05月28日

借り物競争




昼休みも終わり、運動会は午後の部に入っていた。
昼食をとったことでお腹がふくらみ、ポカポカ陽気の午後のグラウンド。競技に出場して頑張っているクラスメイト達には悪いけど、自然とまぶたが重くなり、ウトウトしてくる。
――次は借り物競争です。
どこか頼りなさげなアナウンスも眠気を誘うヒーリングミュージックだった。


――稲本、稲本起きろ!
誰かが誰かを呼んでいるような。でも私には関係がないはず。
「しーちゃん、起きて。山田が呼んでるよ」
突然、肩を揺さぶられて目が覚めた。
隣の席に座っているかおりんが私の肩を揺すっている。
「おはよ。もう運動会終わったの?」
「違うわよ。ほら、山田が呼んでるの」
「山田?」
ぼうっとしながら、男子の席の方を眺めてみるけど、特徴あるひょろひょろとした姿は見えない。代わりに、
「稲本、ちょっと来て」
グラウンドの方から切迫したような声が聞こえてきた。
観客席と競技スペースを区切るロープの向こうで、山田が私を呼んでいた。
「えっ?」
わけが分からず、まごついていたら、山田、ロープをまたいで、私のそばまで来たかと思うと、手をつかんで引っ張る。
「・・・・・・っ!」
男子に手をつかまれるなんて。しかも、そんなに親しいわけでもない男子に・・・・・・
寝ぼけ気味の私はただただ驚いていることしかできなかった。


男子と手をつないで走るのっていつ以来だろう。一生懸命思い出したら小学校の低学年の遠足以来だった。
でも、やっぱり男子の手って、大きいね。
ずっと私の手を包み込むみたいにつかんでいる。しっかり守られている安心する感じ、くせになりそう。
すこしだけギュッと握り返した。
そのまま、山田に引っ張られながら、トラックを横切り、どこだかの目的地を目指す。
けど、男女で手をつないで歩くなんて、当然、みんなの注目の的のはず。ひやかしの言葉の一つや二つ飛んでくるかもしれない。そう覚悟していたのだけど、運動会を盛り上げるにぎやかな曲や各クラスからの声援ぐらいしか、私には聞き取れない。
とてもはずかしかったのだけど、でも、思ったほどには注目されていないようだった。
それも仕方ないか、私も山田も、そんなに学校内で目立つようなタイプではないし、案外そんなものなのかもね。
ちょっと寂しい気分で自分自身に言い聞かせながら歩をすすめていた。
やがて、私たちは並んでゴール地点に立っている係の男子生徒の前まできた。
山田は、学年とクラスを申告し、私の手を握っているのとは反対の手に握りしめていた紙をその係の人に渡した。
その人、私のことを頭のてっぺんからつま先まで眺めまわしたあと、私の胸元をじっと見るわけで・・・・・・
って、ちょっとどこ見てるのよ! ジロジロ見ないで!
思わず、ささやかな胸元を抱くようにして腕で隠したのだけど、
「稲本さん?」
不思議そうな顔で私の名前を呼んだ。どうやら胸元のゼッケンを読んでいただけみたい。ともあれ、すぐに私の隣で山田が口を挟んできた。
「ああ、こいつ稲本しずかって言うんです。下の名前が『し』から始まるんです」
その説明を聞いて、係の人はなぜか納得したみたいだった。
そうして、このクラス対抗の借り物競争、私たちのクラスは四位という結果になった。


「えっと、これって、借り物競争?」
「そう」
「じゃ、じゃあ・・・・・・」
借り物競争。男子が女子をわざわざ呼び出して、一緒に走るってことは、そのお題って、まさか・・・・・・
急激に頬が熱くなるんですけど。すぐ近くの山田の顔を恥ずかしくて直視できないのですけど。
よくあるじゃない。運動会の借り物競争で、そのお題が『好きな異性』とかなんとか。マンガとかアニメとかで。
「ほら、頭に『し』のつく名前ってお題」
私にお題の書かれた用紙を見せてきた。
「そうですか・・・・・・」


ちょっとやるせない気分を味わいつつ、二人してクラスの席へ引き返していく。
「でもさ、『し』が付くんだったら『篠田』くんでも、『柴崎』さんでもよかったんじゃない? とくに篠田くんって友達でしょ?」
「ああ、でも、あいつ、次の四百メートル走に出場するから今いないんだ」
「で、でも・・・・・・」
ちょっと考えて、さっきのお題「頭に『し』のつく名前」だから、別に人間でなくてもよかったんじゃないかって気が付いた。だけど、『し』のつく名前のモノってなにがあったっけ?
考えてみる。グラウンドのすぐそばの簡単に取りに行ける場所にあって、名前に『し』が付いていて・・・・・・
「シャーペン、シャツ、シート・・・・・・」
私が思いつくままにあげると、困ったような顔をして首をふる。
まあ、たしかにそんなの運動会中にはちょっと調達が微妙に難しいかも。
二人していろいろ考えている間にクラスの場所までもどってきた。


「ね、ね、さっきの借り物競争ってお題なんだったの?」
戻ってきた私たちにかおりんが目を輝かせて迫ってきた。
「やっぱり、あれって好きな・・・・・・」
機先を制するように山田がかおりんの目の前にさっきのお題の用紙を突き出す。
「なんだ、頭に『し』のつく名前かぁ」
同じように興味津々で瞳を輝かせているクラスメイト達に聞こえるような大声を出してくれた。
うん、ちょうどいいわ。説明する手間が省けたわね。
大体、私、山田のことなんて、これっぽっちも何とも思ってないんだから。私が憧れているのは隣のクラスのテニス部の伊藤くんなんだから。
たぶん、山田だって私のことなんか・・・・・・ 私のことなんか・・・・・・ 本当に、本当に、私のことなんか、なんとも思ってないわよね?
ちょっと首をひねって見せたら、相手も同じように首をひねっていた。
うん、このマヌケ面、今の私とちょうど同じ事を考えていたって顔だわ。
そのことまでも、山田の方も同じように感じとっていたみたいで、二人して苦笑を交わしていたら、かおりんが身を乗り出すようにして訊ねてくるのだった。
「でさ、なんで二人、さっきからずっと手つないだままなの?」


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2017年05月21日

白雪姫




ホームの電光掲示板を見上げた。つぎに来る電車が同窓会会場の最寄り駅にも停まる各駅停車だ。
もう一度、手元の案内ハガキを確かめ、それをハンドバッグの中にしまった。
「秋絵、元気にしてるかな」
そうつぶやいて、遠くに小さく姿を現してきた電車を望んだ。



『王子様が好きなのは王妃ではなく白雪姫だ』
私たちのクラスでの連絡用のために登録してあった掲示板サイトに、その文章が現れたのは昨日のことだった。『鏡』を名乗る謎の人物からの投稿文。
その短い文章を目にしたとき、クラスのだれもがすぐにその意味することに気が付いたに違いない。
『王妃』は木崎秋絵を意味し、『白雪姫』とは私のこと。
もちろん、私自身が白雪姫に例えられるほどの美貌の持ち主とかいうわけではなく、単に白井優姫という名前からの連想にすぎないのだけど。
でも、文化祭のミスコンに自薦で出場してしまうほど自分の美しさに自信を持ち、普段からそれを公言してはばからない秋絵が、名字の『きさき』にも絡めて『王妃』と呼ばれるのは、だれにとっても納得だった。
そんな秋絵にはクラスに好きな人がいる。バレー部のプリンスと呼ばれるイケメン男子、加賀くん。正直、隣の席に座っている私も、こっそりその横顔を眺めてはうっとりしてしまうほどだった。
つまり、この掲示板に書き込まれた文章は、加賀くんが好きなのは木崎秋絵ではなく、私だって意味になってしまう。
目を通した途端、ふわふわ浮き立つような気分になった。今の今まで、男子のだれだれが私を好きだと噂された経験なんてなかった。しかも、よりにもよって、あの王子様・加賀くんがその相手だなんて・・・・・・
これから教室でどうすごせばいいんだろう。もう隣の席だからってにやけ顔で盗み見たりできないよ。
うれしいやら、はずかしいやらの気分で、朝、私は登校してきた。


異変は教室のドアを開けた直後から現れた。
いつも通り『おはよう』の挨拶をしても、クラスの女子のだれも返事をしてくれなかった。男子たちも、なにやら私のことをじろじろ眺めるばかりで黙っている。
居心地の悪さを感じながら秋絵の机のそばを通りかかったら、露骨に嫌そうに顔をそむけられてしまった。
席について荷物の整理をしていると、隣の席に加賀くんがやってきた。
「やあ、白井さん」
いつも通りの爽やかな笑顔。読んだに違いなのに、まったく気にもしていない様子だ。これがイケメンの余裕ってやつかな?
けど、私の方はというと、どう反応すればいいものか。
「お、おはよう」
結局、蚊の鳴くような声で小さく返事をすることしかできなかった。そのまま、頬が熱くなっているのを自覚しながら、うつむきがちに教科書とノートと筆箱を机の中にしまった。


あの掲示板の内容はどうやら他のクラスにも知れ渡っていたみたいで、休み時間には教室のドアのところから他のクラスの女子たちが私のことを見ていた。
学園のアイドルの加賀くん。当然、学校中にファンも多く、私を眺めるどの視線にも敵意のようなものが感じられる。
もちろん、他のクラスの女子たちだけでなく、クラスの女子からも、そういう視線ばかり突き刺さる。
昨日までの友人たちも私を避けているようで、話しかけてはこず、その日の私には、クラスの中にも外にもまったく誰一人味方なんていなかった。
ため息を何度もついて一日をやり過ごし、授業が終わって帰ろうとしたのだけど、昇降口の私の下駄箱にはゴミが詰め込まれ、張り紙がしてあった。
――二度と来ないで!
ショックを受け、泣きそうになりながらゴミをどけて、朝に比べずい分汚されている靴をはいた。そして、トボトボと家路についた。


学校での孤立はその翌日もつづいた。
学校ではほとんどだれも私に話かけてこない。話しかけてくるのは隣の席の加賀くんだけ。それが余計に女子たちの嫉妬心を刺激するみたいで、嫌がらせがますますエスカレートしていった。
無視し、陰でこそこそと悪口を言い合うだけでなく、私の持ち物を隠したり、故意に壊したり。机にひどい言葉で落書きをされたりもした。
けど、それらの加賀くんファンの女子たちの陰険な嫌がらせには、秋絵は加担している様子はなかった。もちろん、依然として私と言葉を交わそうとはしないけど、そういう行為を見かけると注意してくれてはいるようだった。目撃していた私の幼馴染みの小太郎がこっそり教えてくれたから知っているのだけど。
そういう状態がしばらく続いた。
そして、それが起きた。
その日の昼休み、居心地の悪い教室には居場所がなく、中庭のベンチに座ってお弁当を食べていると、突然頭の上から大量の水が降りかかってきたのだ。だれかが、三階の空き教室から水の入ったバケツをひっくり返したようだ。
さすがに、ずぶ濡れになった私の姿に学校中が騒然となり、犯人が捜し求められたのだけど、結局、犯人はだれだったのか判明することはなかった。
その日、私は早退した。


風邪をひいてしまった。ずぶ濡れになってしまったせいだ。
次の日、寝込んで学校をやすんだら、夕方、小太郎が私の家にプリントを届けてくれて、クラスの様子を教えてくれた。
秋絵と加賀くんが二人して前日の出来事の糾弾に立ち上がってくれたらしい。しかも、加賀くんが私のことを特別な感情をもたないただの友達だと明言してもくれたそうだ。
うん、それはそれで・・・・・・ しくしく・・・・・・
その宣言もあって、みんな一気に冷静になったんだとか。
――あの白雪姫だもんな。
――ああ、考えてみたら、あの白雪姫だしな。
――白雪姫じゃあな。
みんなは口々にそうつぶやいて、なにか憑き物が落ちたような顔をしていたんだとか。
あははは・・・・・・ たしかにそうだね。もう笑うしかないね。
けど、そう報告してくれた小太郎は憤懣やるかたないって様子で。
そのふくれっ面を見てると、ちょっとおかしくって声上げて笑っちゃった。


で、次の日、体調も良くなって学校に登校したら、今までのことがまるでウソみたいに、以前の様子にもどっていた。
友達たちも、最初のうちは気まずげな顔をしていたけど、私の方から気さくに声をかけたら、すぐに打ち解けた様子で私とおしゃべりしてくれたし。
うん、これで全部元通り。そう信じ始めていたのだけど。
『訪ねて来た王子のキスで白雪姫は復活した』
また鏡が現れた。掲示板にそんな言葉が並んだ。
えっと、なんなの? なにがしたいの?
秋絵を先頭に、一斉に女子たちが私の机に殺到してきた。そして、問い詰めてくる。
「どういうことよっ!」
「ど、どうって・・・・・・」
身に覚えがない。それ以上に、秋絵の目が冷たく光っていて、ただただ怖いんですけど。
「昨日、キスしたの?」
ブンブン首を振る。
「してない、してない」
「本当?」
「本当だよ。信じてよ」
「ウソじゃないのね?」
「ウソじゃないわよ」
「じゃあ、これはどういうことよ」
「私にも分かんないの」
困惑している私の表情をどうとらえたのか。
「信じられないわ」「信じてよ」
「どうして、アンタなんかに・・・・・・」
「分からない。それに、昨日、うちに来たのって小太郎だけだもん」
「岸田くん? 加賀くんじゃなくて?」
「うん」
遠くの席で、小太郎が咳こんでる。あれ? 私の家に来るのってみんなには教えてなかったの?
「じゃ、じゃあ、キスしたのって・・・・・・」
秋絵が私と小太郎の間を妙な視線で往復させたものだから、頬が急激に熱くなってしまった。
「してない。してないわよ」
「・・・・・・」
その直後には潮が引くように女子たちが私の周りからいなくなった。



結局、あの騒動ってなんだったんだろう?
いまだにわけがわかんない。
あの『鏡』っていう人はだれだったんだろう? なにがしたかったのだろう?
私なんかを標的にしてなにか得する人なんていたのだろうか?
全然、分かんないや。
でも、あの騒動を契機にして、私たちはクラス公認のカップルになったんだよねぇ
ってことは・・・・・・? まさか?
いや、そんなはずないよね? そんな策略をめぐらせられるほどの頭を持っているわけないし。


同窓会会場の最寄り駅について、改札を出た途端、近くの柱のそばに二つの人影を見つけた。
「小太郎、待たせちゃった? ごめんね」
「いや、今来たところだから、全然平気。それより、ちょうど君の一本前の電車で木崎さんと偶然乗り合わせたから立ち話してたんだ」
「こんにちは、白雪姫。ううん。今は岸田優姫さんだわね」
「ふふふ。そっちは来月にはとうとう加賀秋絵さんね。私たち結婚式には絶対にうかがうわね」
「ええ。待ってるわ。絶対にいらしてね」
「ええ。おめでとう」「ありがとう」
そうして、私たち夫婦と親友の三人は連れだって会場のホテルへ向かって歩きだした。
自然と三人の歩調がそろい、笑い声がこぼれる。
うん、本当に二人は大切な人たちだ。あの騒ぎの結果として手に入れることができた大切な人たち。旦那さま、そして、親友。
二人に挟まれるように歩いていた私は、気が付くと五月晴れの空に向かって祈っていた。この幸せが末永くつづきますようにと。


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2017年05月14日

遅刻ッ!




AM8:00――
たしか目覚ましのベルが鳴ったので、自分で止めたのを覚えている。仕事に出かける前に母さんが何度か起こしに来たことも。なのに、なんで俺はこんな時間までベッドの中にいるんだ?
二度寝の恐怖を今さらながら味わいながら、ベッドを飛び出した。
完全に遅刻だ。今からじゃどうあがいたって、一時間目の授業開始には間に合わない。
慌てて制服に着替え、髪を整える間も惜しんで部屋を飛び出す。
キッチンの食卓には俺の朝食も用意してあったが、今はそれを食べている場合じゃない。
いや、でも、今さら慌てたってどうせ間に合いっこないんだから、もう腹をくくってゆっくりとしていけばいいのだが、この時の俺はそこまで頭が回らなかった。まだ寝ぼけていたのか、それとも、やっぱり隣の席の三浦さんのとてつもなく整った顔を早く眺めたくって焦っていたのか。
あの麗しすぎるご尊顔なら、一日中眺めていても飽きはしないし、実際に隣の席だという特権を利用してそうしてさえいる。
あの美しい顔に素敵な笑みを浮かべて、俺の方へ視線をくれたりなんかした日には、幸せすぎてもう天にも昇るような心持ちになってしまう。考えただけでも心臓が高鳴って全然眠れやしない。だから、昨日は夜遅くまで眠りにつくことができずにいて、こんな体たらくなのだ。
でも、でも、それでも、早くあの素晴らしい絵画のような眺めをこの目に入れたい! 記憶にとどめたい! 早く学校へ行きたい!
そうして、俺は自宅を飛び出したのだった。


大通りの横断歩道を小走りして通り抜け、交差点を二つ曲がって、三つ目の角を右に曲がって。
――遅刻、遅刻ッ!
心の中で悲鳴に近い叫びを上げながら、全力疾走する。角を曲がる前にふとなにか聞こえた気がした。
「遅刻、遅刻ッ!」
あ、もしかして、考えていたことが口からでていたのか?
慌てて、口をつぐむのだが、息が続かなくて、すぐに口元が緩む。そのまま、先を確かめもせずに角を曲がった。
――ドンッ
まさに同じ角を反対方向から曲がってきた人間がいた。もちろん、正面衝突。そいつは、口に食パンを咥え、『遅刻、遅刻ッ!』と器用にしゃべりながら突進してきた奴。
そいつは体の前部にクッション性の高いふくよかな肉を備えていた。体の前部に突出した肉。脂肪の塊。その肉のおかげでぶつかった俺たちは特に大けがをすることもなく、ただ、俺だけが弾き飛ばされた。
「あいたたた・・・・・・ なにすんだよ」
「ああ、悪いな。大丈夫か、先を急いでいるんだ。すまない」
そいつはそう言い残して、後ろを見もせずに走っていった。見るからに相撲部らしいドスドスとした重たい足取りで。


弾き飛ばされた俺は、何が起きたのか分からないまま地面に横たわっていた。と、額のあたりを生暖かく湿ったざらりとしたものが撫でた。荒い息遣いがすぐ耳元から聞こえてくる。
顔を上げると、至近距離でチワワの顔があった。
「ワン!」
さらに、もう一度、俺の額をぺろりと舐めやがる。
「ほら、タロちゃん、お兄ちゃんが困っているでしょ。やめなさい」
飼い主らしきおばあさんがチワワのリードを引っ張っている。
「ごめんなさいね。けど、あなた、大丈夫。激しく転んじゃったみたいだけど?」
「ああ、大丈夫です」
そうして立ち上がると手の甲に擦り傷が。
「あらあら、血が出てるじゃない」
「平気ですよ。これぐらい。ツバでもつけてれば、そのうち治ります」
「だめよ、そんなの。ばい菌とか入って、へんな病気にでもなったら困るでしょ」
「でも・・・・・・」
そうは言われても、今、手元には手当ての道具なんてもってないわけで。学校へいけば、保健の新田先生に手当てしてもらえるのだけど。
「いいわ。うちに来なさい。手当てしてあげる」
「え? そんな。ご迷惑をおかけするわけには」
「遠慮なんてしなくてもいいわよ。大したことじゃないから。それに、その制服だと北高でしょ? うちの孫が同じ学校に通ってるから分かるの。でも、今からじゃ間に合わないでしょ? 車でもない限り」
正直、車でも間に合いそうにない時間なのだが。
「ついでだから、送って行ってあげるわよ」
「で、でも・・・・・・」
「もう、若いんだから、こんな年寄りに遠慮なんてしないの。いい?」
そうして、強引に俺の腕をつかんで、おばあさんの自宅に連れ込まれたのだった。


俺の怪我の手当てを終え、おばあさんが車を出してくれるという。
「さあさあ乗って。さあ」
「し、失礼します」
促されるままに助手席につくのだが、運転席のおばあさん、なにかを思い出した様子で。
「あら、そうだったわ。これをつけなくっちゃ」
そういって取り出したのは若葉マークとシルバーマーク。両方を手にすると、一旦、車を下りて、車両の前後にペタペタと張り付けていく。とても楽しそうなんだけど、その様子を見ていたら、正直、とても不安な気分にしかならない。
大体、運転初心者を表す若葉マークに、七十歳以上の高齢者ドライバーを表すシルバーマーク。安心できる材料はなんてどこにもない。
「それじゃあ、出発しましょう!」
そうして、いきなりアクセルを目いっぱい踏み込むおばあさんがいた。


「ん? ああ、ベッドの中か。夢か。夢だよな。そうだよな。そんな朝っぱらから暴走ばあさんの車に乗るなんて・・・・・・ でも、ひどい夢落ちだったな」
そうベッドの中でブツブツつぶやきながら、時間を確かめるために目覚ましの置いてある方へ手を伸ばしたのだが。
「あれ? どこいったかな?」
寝ぼけまなこを上げると、見慣れない景色。ベッドのパイプ越しに見えるのは殺風景で真っ白なカーテンが窓のそばで揺れているってもの。
「えっ? ここって?」
断じて俺の部屋なんかじゃない。けど、見覚えがあるというか、ここへは確かに何度も来たことがある場所というか。
そう、学校の保健室のベッドの上だった。
「あら、起きたの」
顔をのぞかせたのは保健の新田先生。白衣を着て、俺の顔を覗き込んでくる。
「びっくりしたわよ。すごいスピードで突っ込んできた車から降りてきたかと思ったら、下駄箱の前でバタンって倒れちゃうんだもの」
そうだった。俺はあの初心者で高齢者ドライバーのおばあさんが運転する車に乗り、なんとか無事に学校へ到着することができた。
なんとか五体満足なままで・・・・・・とても幸いなことに。
うう・・・・・・ 思い出しただけで体が震える。苦悶の呻きが漏れる。
そんな俺に、新田先生はやさしく声をかけてくれるのだった。
「ああ、まだ体調が悪そうね。もうしばらくここで休んでなさい」
その言葉に甘えて、俺は目を閉じた。


次に目を開けると、目の前に天上の美が現出していた。
「大丈夫?」
三浦さんは大きな目に心配そうな色をたたえて、俺の顔を覗き込んでいる。
たちまち、俺の体温が上がる。顔があつくなる。
「ど、どうして?」
「ごめんね。うちのおばあちゃんの車に乗せちゃって。怖かったでしょ?」
「えっ?」
そういえば、どことなく、あのおばあさんと三浦さんには似通ったところがあるような。
「三浦さんの?」
「そう、私のおばあちゃん」
「そうだったんだ」
「ほら、おばあちゃん、運転荒いでしょ? だから、うちの家族だれも一緒に乗りたがらなくて。それが欲求不満みたいで」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
「でも、二時間目終わったところでおばあちゃんからメッセージが届いて、今朝大村君を学校まで送ったってあったから、心配になって来てみたのだけど」
うん、起き抜けに眺めるものとして、これ以上に幸せな景色ってないよなぁ すごく幸福な気分だよなぁ
ぼうっとしながら聞いていたのだけど、
「思ったよりも元気そうみたいね。でも、おばあちゃん喜んでたよ。若い子とはじめてドライブデートしたって」
「そうなんだ」
「うん、そう。大村君。ありがとうね」
布団の上に出ていた俺の手をぎゅっと握ってまでくれたし。なんて、柔らかい手なんだろう。このままでいつまでも・・・・・・
「大したことじゃないよ。俺も楽しかったし。うん。また今度も誘ってほしいな」
「えっ? いいの? それを聞いたら、おばあちゃんも喜ぶよ」
麗しいかんばせにパッとバラの花が咲いたみたいだった。


というわけで、それ以来、日曜日ごとに、俺はドライブデートに出かけるはめになったのだった。
三浦さんのおばあちゃんと・・・・・・ はぁ〜
近所中の神社仏閣を回って交通安全のお守りを集めてこなくちゃ。
けど、肝心の三浦さんは、絶対に俺たちに付き合って一緒に乗ってくれようとはしなかった。何度も誘ってみたのだけど。三浦さんが一緒ならどんな試練でも耐えられる気がするのだけど。
いや、だけど、やっぱり一緒に乗らない方がいいかな。三浦さんにはあんな恐怖体験してほしくはないし。ふぅ〜
ああ、そうそう、でも、ひとつだけいいことがある。だって、ドライブの間、三浦さんのことをいろいろとおばあさんから聞きだすことができるのだ。
だから、今度の誕生日、教えてもらった三浦さんの大好物のデザートでも買ってプレゼントしよう。


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