2017年04月30日

暖かい風




なんだろう? 今日はずっと隣から視線を感じる。絶対、気のせいなんかじゃない。だって、さっき一緒にトイレに行った時、柚香だってそう言ってたもん。白石ずっと見てるねって。
生まれてこの方、男子にモテたことなんて一度もないのに、朝からこんなに見つめられるなんて・・・・・・ 自然と頬が熱くなる。
で、気になって、そっちを見るのだけど、わざとらしく視線をそらして、決して私と視線を合わせようとはしないんだよね。
なんだろうね、一体?


次の休み時間こそは話しかけてみようって決心して、ジリジリしながら先生が教室を出ていくのを待っていたら、そんな時に限って当番でプリント運ばされちゃって、機会を逃して。
その次の休み時間こそはって思ってたら、移動教室。その次は体育で。
結局、昼休みになってしまった。
お弁当をだして、いつものように柚香のところへ移動しようか迷っているうちに、隣の席には新井がきていて、おしゃべりをはじめちゃってるし。
「白石、進路希望調査、書いた?」
「ああ、書いたよ」
「へぇ、どこ目指してるん? やっぱ地元の国立?」
「まあな。そっちは?」
「近場の私立だな。俺、成績良くないし」
「そっか」
偶然、新井と目があってしまった。かすかに目元に笑みを浮かべたような気がする。
「白石はいずれおやっさんの跡つぐんだろ?」
「ああ、その予定だ」
「いいな。社長だろ?」
「いきなりは無理だよ。ちゃんと社員から入って技術とか身につけないと」
ふ〜ん。そっか、お隣さんはどこかの会社の家の子なんだ。
「じゃあ、おやっさんの後はジュンさんの旦那さんが継ぐの?」
「ん? ああ、たぶんな」
「そっか、広野の兄ちゃんも出世だよな」
「出世かどうかは知らねぇけどな。うちは今にも潰れそうな中小零細だしな」
苦笑している。
というか、広野? 一瞬、ビクンとした。私の名字も広野だし。しかも純ってのも私の名前。
えっと・・・・・・?
「ちょっと訊いていい? その、ジュンさんだとか、広野さんだとかって・・・・・・?」
思わず声をかけた私に答えたのは新井だった。
「ああ、ジュンってのはこいつの姉貴。先週こいつのところで働いている広野の兄ちゃんと結婚したんだわさ」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
広野さんと結婚したジュンさん。広野ジュンさん。私と同姓同名。
「ああ、それで、おねえさんが同じ名前になったから朝からずっと私のこと気にしてたんだ」
ポツリとつぶやいた私の言葉にお隣さんは鼻の脇を搔きながら困ったような表情を浮かべていた。私からも新井からも視線をそらせながら。
理由が分かって、安心したというか、ちょっと落胆したというか。複雑な感じで。
「そっか。広野ジュンさんって人か」


「理由は姉ちゃんと同じ名前ってだけじゃないけどな」
五時間目の後の休み時間、六時間目のノートを準備していたら、隣から声が聞こえた。
「えっ?」
私と同じように次の授業の準備をしながら、こっちに視線をやらずにつぶやいている。
「新井のヤツ、こないだからずっと広野のことばかりベタぼめだったから、ついな」
私にだけ聞こえるような声でそんなことをつぶやいてきた。鼻の脇を搔きながら。
一瞬、脳裏に私に笑みを向けてきた顔が思い浮かんだ。
開け放った窓から吹き込む五月の風は、すっかり暖かく、私の頬を火照らせていった。


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2017年04月23日

ささやかに距離が縮まる




予報外れの急な雨の午後、祖父が住んでいる寺の庫裏を出ると、開け放った山門の陰に人の姿が見えた。
僕の学校の制服姿の女子。肩を落とすようにして空を仰いでじっと佇んでいる。雨宿りしているのだろうか?
同級生だろうか? それとも全然知らない別のクラス、学年の人? 後姿だけじゃ判断できない。
ともあれ、用事が終わって僕は自分の家へ帰らなきゃいけないから、どうしても、その女子のそばを通り抜けることになる。そのときにでもこっそり顔を確かめればいいか。
そんな風に思いながら、傘を差し、参道を歩いて行った。


雨に濡れた石畳はつややかに光を反射し、湿った空気が鼻腔をいっぱいにする。
境内に植えられた木蓮のいくつもの長い花びらから上品な香りが僕にまとわりつく。
一歩一歩山門に近づいていく間に、だれだろうという好奇心が僕の中に広がっていくのを感じていた。
そうして、僕は山門にたどり着いた。
傘を打つ雨音に気が付いたのか、その女子が振り返った。
「・・・・・・」
知っている顔だった。この春からの同じクラスの子だ。でも、まだ学校では話したことはない。だから、なんて声をかければいいのか迷った。それは相手も同じみたいだ。
しばらく、見つめ合うようにして向かい合い、それから、言葉を探してみた。
結局、この場にふさわしい言葉は思い浮かばなかった。だから、黙ったまま会釈した。
「・・・・・・」
山門をくぐり、参道の先を進む。振り返る。その子はまだ山門で立ち止まったまま、無表情に無数の雨粒の軌跡を描く灰色の空を見上げている。もちろん、手には傘を持っていないようだ。
僕が振り返ったことにも気が付いていないみたい。ただ、顔を天に向けている。雨が降り止むことを願うように。


やや湿り気を含んだ髪がさらりと揺れた。僕がまた戻っていったからだ。
すこしだけ大きく見開いた眼で僕を見つめてくる。
僕は傘を閉じ、無言でそれをその子に差し出した。
しばらく僕の手の中の傘を見つめ、それから僕に向かって首を振った。それでも、僕はその子の手に傘を押し付け、強引に柄を握らせる。そして、再び庫裏に向かって駆けていった。
後ろを振り返ることもなく、石畳の上を。


庫裏に飛び込むと、玄関のところに祖父が立っていた。
笑みを浮かべ、禿頭の頭をなでている。たぶん、一部始終を見ていたのだろう。それでも、なにも言わない。
「なに?」
「・・・・・・(にやり)」
気が付くと、静かな所作で僕に自分の傘を差し出していた。
さっき僕がそうしたように、祖父もまた僕に柄を強引に握らせた。ただし、その上で僕の手を軽くたたいた。
僕は気にしないフリをして外へ出た。


さっきの子は僕が山門まで引き返してもずっとそこにいた。
僕が新しい傘をさして、戻ってきたのを何か尋ねたそうな表情を浮かべて眺めている。
「この寺、じいちゃんの寺だから」
いいわけするようにつぶやいた僕の隣で、彼女は小さく『ああ、それでか』と返していた。
そのまま、僕は山門を通り抜け、再び参道に歩を進めた。その数歩後ろを彼女が僕の傘をさして歩いてきていた。
結局、短い参道の先、交差点で左右に別れるまで、そのままなにも話さずに歩いた。



次の日の朝、教室で彼女は僕に傘を返してくれた。
ちいさく消え入りそうな声の『ありがとう』それだけを短く添えて。
傘はしっかり乾かされていて、丁寧にたたまれていた。
何人かの友人たちが僕たちのそんなやりとりを見ていたが、だれもなにも言わなかった。
ただ、にこやかに僕のことを見守っているだけだった。
その日、何度か彼女と視線がぶつかった。でも、それだけだった。前日までと変わらず、僕たちはほとんどなにも言葉を交わさなかった。なにも変わらなかった。
ただ一つだけ変化があったのは、帰りに教室をでるとき、ドアのそばの彼女の席から『さよなら』って声が聞こえたことぐらいだろうか。
まるで僕に掛けたつもりじゃないみたいなささやきにも似た声。
僕は傘の柄を握る手に力を込めて、そして、力を抜いた。
「じゃあ、また、明日」
口の中で不鮮明につぶやいて、僕は廊下へ出る。その耳が、かすかな『うん』という返事をとらえた気がした。


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2017年04月16日

その木には




あの子をちゃんと見たのは、去年の今頃が初めてだった。
小学校のころから、何度も同じクラスになり、おそらく何度も隣同士の席になったはずだ。だが、そんなこと全然覚えていなかった。僕にとっては、あの子はずっとただの同級生の一人でしかなかった。
なのに、その認識が変わったのは、公園の奥のひとけのないこの桜の木の下でだった。


あの日、僕は公園の中をジョギングしていた。
コーチの都合で部活が休みになり、エネルギーを持て余していた僕は、思い立って近所の大きな公園の中を一人でジョギングすることにしたのだ。
ぐるぐると何周もその広い公園の中を走り周り、いろいろにコースを変え、走る速さに緩急をつけ、とにかく走りに走った。そして、気が付いた時には、その場所に出ていたのだ。
公園の奥、だれも近寄らない林の中にポツンと桜の木が一本だけ生えている。満開を過ぎ、散り始めた桜は、見ている間にもはらりはらりとその花びらを舞い散らす。
その桜の下、落ちてくる花びらに意識を集中させ、空中でつかみ取ろうと一人の少女が踊るような仕草で腕を伸ばしていた。
くるりくるり。ただ無心に、真剣な顔でそのピンク色の花びらに手をかざす。でも、桜の花びらは寸でのところで少女の白い指の先を逃げ、地面へ落ちていく。
それでもあの子は目を輝かせていた。自然な笑みが顔中に広がり、楽しげに笑声を漏らしてさえいる。
僕は走るのを止め、その場に立ち尽くしていた。その姿に釘付けになっていた。その子を初めてしっかりと目に入れた。綺麗だと思った。


ふと風が吹いて、いくつかの花びらが宙へ舞い上がる。それにつられて二つの視線がさまよい、お互いにぶつかった。
「あっ」
大きく見開かれた眼が僕に向けられた。すぐに笑みがこぼれた。乱れた髪を耳に掻き上げながら、小首を傾げた。
「恥ずかしいところ、見られちゃった」
小さく舌を出して、首を竦める。頭上に広がる満開の桜を通して降り注ぐピンク色の光が柔らかく彼女を包み込んでいた。
僕は声が出なかった。ただ無言でその光景に見とれていた。
やがて、彼女は困ったような表情を浮かべた。
「なに? なにか用なの?」
何度かツバを飲み込んで、僕はようやく言葉を口にした。
「その木、毛虫がいるから、ときどき落ちてくるよ」
絶対に、もっと他に言うべきことがあった。こんな言葉なんかじゃなくて、もっと僕の本心に近い言葉を。でも、口を突いて出たのはこんな言葉だった。そして、言った直後から後悔していた。
あの子は急に頬をひきつらせると、慌てて木の根元に立てかけていたカバンへ走り寄って抱え、逃げるように走り去っていった。
途中で振りむくと、舌を出して眼を剥いた。
僕は揺れるボブの髪が木々の間に見えなくなるまでその後ろ姿を見送っていた。


今年もこの桜が満開になり、散り始めている。
枝の下の空っぽの空間にいくつもの花びらを舞い散らせ、すこしずつすこしずつ、地面をピンク色に染めていく。
あの子が踊るように跳ねていた地面をちょっとずつ隠していく。
去年、僕が初めてあの子を見つけた後、夏休み中にあの子は親の転勤に従ってカナダへ引っ越していった。
僕は結局、あの子になにも告げることはできなかった。
それから、あの子を忘れるように別の子と付き合い、何度もデートをした。でも、たぶん、僕の気持ちは彼女には最初から見抜かれていたんだと思う。
それでも、二人の距離は徐々に縮まり、二人の関係が僕の中でゆっくりと積み重なっていった。時間をかけて、しっくりと感じられるように変化していった。


僕はあの桜の木の下に立ち、頭の上に舞い落ちてくる花びらに不器用に手を伸ばす。指先がかすかに花びらに触れた。でも、つかめない。
何度も挑戦するが、結局、一度も中で花びらをつかむことはできなかった。
「ねぇ、知ってる? ここの桜って毛虫がいるんだよ」
すこし離れたところで長い髪を風にそよがせていた彼女は僕に笑いかけてきた。
「ああ、知ってる」
花びらを追うのをやめた僕は、手のひらを上に向けて掬うように伸ばす。そちらに視線もやらずに、振り返って、彼女に微笑む。
――もし、この中に花びらが留まっていたら。
軽く手を閉じて体の前へ、顔の前で小指から開いていく。指の間から、かすかにピンク色の影が見えた。
「あのさ、オレ・・・・・・」


チクチクとしたものを心の中で感じながら、告げる。


チクチクとした感触を手のひらに感じながら。


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posted by くまのすけ at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする