
今朝もこの前みたいに妹が二階の自室に戻ったきり出てこない。また、忘れてて泣きそうになりながら慌てて算数の宿題をしているのかな? でも、昨日は夕方、宿題全部終わったからって遊びに出かけていたはずなのに。
確かめに妹の部屋を覗いてみたら、勉強机にはその姿はなかった。その代り妹がいたのは窓のそば。ガラスに鼻をくっつけるようにして、表の通りを熱心に見つめている。
「どうしたの?」
「なんか、さっきから家の前を行ったり来たりしている人がいる」
えっ? 不審者?
驚きながら、妹の隣から外を眺めてみると、
「ほら、今、向こうの角からこっちへ歩いてきた」
妹が指さす先に目をやると、ブレザー姿の男子高校生。でも、私の学校の男子の制服じゃない。見覚えはある。あれはたしか・・・・・・
思い出そうとしている間に、その男子生徒は家の前に差し掛かって、玄関の方へ顔を向けて通り過ぎようとした。だから、だれか分かった。
中学時代の私の同級生で、今は同じ沿線にある私とは別の学校に通っている佐藤だ。行き帰り、たまに同じ電車に乗っているのを見かけることがある。だけど、中学時代もそうだけど、今でも全然話をしたりすることはない。
えっと・・・・・・?
佐藤は、私の家の前を通り過ぎると、そのまま通りの反対の角まで歩いて行き、角を曲がって姿が見えなくなるんだけど、しばらくすると、また戻ってきて家の前を通り過ぎるのだった。
なんだろう? 私に用事?
「もしかして、おネェの彼氏?」
「えっ?」
ませた表情を浮かべ、隣で妹がニヤニヤしているんだけど、悲しいかな、私には生まれてこの方、彼氏様なんていう上等な存在はいたためしはないわけで。
「ちがうわよ」
「そう? じゃあ、うん、きっとそうだ。プロポーズしにきたんだぁ ヒューヒュー」
「なんでよっ!」
妹の注進を受けて、一緒にニヤニヤしているお母さんに見送られて家を出た。
『パパが先に出勤しててよかったね』なんて声を背中に受けて、玄関のドアをくぐると、ちょうど目の前を佐藤が通り抜けようとしてて、
「「あっ・・・・・・」」
歩いている途中の不自然な姿勢のままで立ち止っている。まるで、パントマイムみたい。
「ひ、ひさしぶり」「ひさしぶり・・・・・・」
急に耳の奥で妹のさっきの言葉が蘇った。なにがプロポーズよ。
心臓がドキドキしてる。頬が熱い。
「な、なに、私の家の前で?」
「あ、あ、うん」
それから、緊張しているのかひきつった笑みを浮かべて、私に向き直ってきた。
「あ、あの、あのさ、あのさぁ」
「う、うん」
「こ、これ」
震える手でポケットから取り出して私の前に突き付けてきたのは、真っ白く四角いもの。一瞬、封筒かと思った。そして、この状況で封筒といえば・・・・・・ラブレター! 告白! プロポーズ!
って、違う!
頭を振って、よくよく見ると、佐藤が手にしているのは封筒ではなくハンカチだった。真っ白な女物のハンカチだった。
「落とした」
「あ、ありがとう・・・・・・」
一応、受け取りはしたけど、でも、全然見覚えがないハンカチだ。
「でも、これ、私のじゃ」
「あ、う、うん。違う。分かってる。中崎のじゃない」
「ん? じゃあ?」
「ほら、いつも中崎と一緒に帰る子いるだろう?」
「早希のこと?」
「うん。たぶんその子。昨日は一人で乗ってて、電車下りるときに落としてった」
早希は私が下りる駅の一つ隣が自宅の最寄り駅。昨日は、私、委員会の仕事で学校に残ってたんだっけ。
なんか急にガクッときた。目の前で男の子がまるで告白するかのように顔を真っ赤にして告げている内容は、私の友達が落としたハンカチを本人に返してあげてってことで。
私、なに期待してんだか。バカみたい。
「分かった。学校で早希に渡しといてあげる」
「頼む」「まかせといて」
「ええ? なんで、綾音が私のハンカチを?」
登校すると早希はすで教室の中にいたから、さっそく佐藤から預かったハンカチを渡したら、すごく驚かれてしまった。
「昨日、落としたんでしょ? 帰りの電車の中で」
「うん、落としたよ。近くに、ほら、いつも私のことこそこそ見てるなんか奥手そうだけど割とイイ感じの男の子が座ってたから、拾ってもらおうと思ってわざと落としてきたのに・・・・・・」
「早希のこと見てる?」
「うん、三つ先の駅の近くの高校の子。たまに帰りの電車が一緒になって、そしたらいつも私のことじっと見てくるの。綾音も気が付いていたんでしょ? いつも一緒なんだし」
三つ先の駅の近くにあるのは佐藤が通っている学校だ。その佐藤が早希のことをいつも見ていた? 全然気が付かなかった。そして、昨日はたまたま私だけ違う電車だったけど、いつも早希と一緒に電車に乗って、そのそばにいるのは・・・・・・
そもそも、なんで朝から私のこと待ち伏せしてたんだろう? 早希にハンカチ渡すなら、帰りの電車を待てば直接渡せるのに。大抵、いつも同じ電車に乗るのだ。
これって・・・・・・
「おかしいなぁ 昨日はドア閉まる寸前にその子が中から慌てて呼び止めようとしてくれてたのに」
早希って、結構策士だったのね。
「ハンカチ拾ってもらってお近づきになるチャンスだったのに、なんで綾音がもってくるのよ、あの人が拾ってくれたはずなのに」
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