2016年05月29日

呼び出し




『うう、う、うう、ううう』
暑い日がつづいた五月もようやく終わり、六月の最初の日の夜。いつもなら、夜中でも構わず頻繁につぶやいてくる敦美が全然つぶやいてこない。と思ったら、珍しく電話がかかってきた。なにごとかと焦って出た途端、電話の向こうから呻きのような泣き声が聞こえてきた。
「どうしたの、敦美? なにかあったの?」
『うう、う、ううう』
「大丈夫? なにがあったの?」
『郁ちゃん。私、私・・・・・・』
とてつもなく不吉な気配を感じた。なにか良くないことがあったのだ。一体、なにが?
『来てくれなかった。うう・・・・・・ 祥吾くん、来てくれなかった・・・・・・ ううう・・・・・・』
そうだった。昨日から、敦美、今日の放課後、村田を呼び出して、かねてからの想いを告白するって宣言していたっけ。
ってことは、村田、敦美の呼び出しをすっぽかしたってことか。ゆるせんっ!
『私、待ってたのに。ずっと、ずっと待ってたのに・・・・・・』


なんとか、電話越しに敦美をなだめて、通話を終えた。
それから猛然と登録してある番号の中から村田の番号を知っていそうな人を探して、交渉して聞きだし、電話をかけた。
――トゥルルル。トゥルルル。
短い呼び出し音の後、すぐにつながった。名前を名乗ると、
『えっ? なになに? なんで植田から?』
「ちょっとアンタねっ!」
こらえきれずに怒鳴ってしまっていた。
『な、なんだよ。なんで、植田キレてるの?』
「アンタ、敦美の呼び出しすっぽかしたんだって?」
『はぁ? いつ?』
間の抜けたようなトーンで返事がきた。
それでとぼけてるつもり? バカにすんじゃないわよっ!
「今日の放課後よ。敦美、アンタを呼び出してたでしょう?」
『えっ? それ本当かよ?』
「しらばっくれないでよ」
『しらばっくれてねぇ』
「敦美に呼び出されてたでしょ?」
『呼び出されてなんかねぇよ』
「ウソよ」『嘘じゃねぇ』
その後も、電話越しに延々と『呼び出されてた』『呼び出されてない』って言いあいを続けてしまった。
というか、この村田の様子。もしかして、本当に呼び出されてないんじゃ?
でも、敦美がそんなことでウソつくはずないし。
というわけで、次の日、学校で敦美を交えて、真相を確かめることになったのだ。


「私、呼び出したもん」
「えっ? 俺、呼び出されてなんか・・・・・・」
「だって、だって、あのとき、私、勇気を出して」
なんか、敦美と村田との間でも、『呼んだ』『呼んでない』って言いあいが始まったのだけど? なんだ、これ?
「えっと、あのさ。敦美が村田を呼び出したのって、いつ? どうやって?」
「一昨日の放課後。男の子たちが校庭でバスケして遊んでて、ベンチのところに上着脱いであったから、そのポケットにこっそり呼び出しの手紙を入れて・・・・・・」
「じゃあ、もしかして、そのとき、間違って他の人のに入れたんじゃ?」
「違うもん。ちゃんと、ネームプレート確認して、村田くんのだって確かめてからいれたもん」
確信をもって主張している様子。本当にそうしたのは間違いがなさそうだ。
なら、一昨日の放課後に上着に手紙を入れて、呼び出された昨日の放課後まで丸々二十四時間あったってことになる。その間に、学校でトイレに行くだろうし、手を洗ったりして、ハンカチを出し入れするだろう。手紙がポケットに入っていれば気が付かないはずはない。
っていうか、もしかして?
「アンタ、トイレで手洗ったりしない人間なの? バッチイわね。しっ、しっ!」
「はぁ? 手ぐらい洗うに決まってんだろう。ハンカチだって、ほら」
そういって、村田は半そでの胸ポケットから青色のハンカチを取り出した。
「うん。手紙入れた時も、ポケットにハンカチ入ってた。ちょっと湿ってたみたいだったし」
「そ、そう・・・・・・」
つうか、いくら好きな相手でも、ハンカチの湿りけ具合まで確かめるものなの?
冷や汗が、たらりと・・・・・・
「じゃあ、昨日、トイレに行かなかったとか?」
「ううん。休み時間に三度ぐらい行ってたよ」
「なんで、村田のトイレ回数を敦美が知ってるのよ」
「えっ? あ、あははは・・・・・・」
笑顔でごまかそうとしてるし。いや、全然、ごまかせてないから。その証拠に村田・・・・・・
あれ? 全然、引いている風じゃないみたい。今の会話、聞いてなかったのかな? なにか全然別のことを必死に考え込んでいるみたいだ。
「どうかした?」
顔の前で手をひらひらさせても反応がない。
やがて、なんの前触れもなく、左のこぶしを右の手のひらに叩きつけた。
「そうか、そういうことか」


簡単な話だった。
昨日から私たち、衣替えで半そでの夏服に変わったのだ。五月最後の日にあたる一昨日の放課後、暗くなるまでバスケで遊んだあと、そのままポケットの中に手紙が入っているのに気が付くことなく帰宅した村田は、当然、その呼び出し当日である昨日に上着なんて着てくることもなかった。そのせいで、トイレに行った時も敦美の手紙の存在に気が付くことがなかったのだ。
「つうか、アンタ、冬服の上着、ポケットの中身とか確かめずにしまったの?」
「いや、昨日お袋がクリーニングに出した」
「じゃあ、その時に、ポケットぐらい確かめてるんじゃないの?」
「ん? ああ、そういや、そうだな」
「じゃ、じゃあ、お母様に、あの手紙の内容、読まれちゃったってことなの?」
「えっ? ・・・・・・ああ、そういえば、昨日、晩飯食ってたら、妙に中原のこといろいろ聞いてきてたなぁ」
「・・・・・・」
敦美の顔が見る見る朱に染まっていった。
おいっ、どこそこへ来てって呼び出すだけの内容じゃなかったのかよ。
「ん? その手紙、お袋に見られたらやばいことでも書いてあったのか?」
キョトンとした顔してそんなことをノーテンキにのたまうバカが目の前にいて。
「いてっ! なんだよ、植田、いきなりケツ蹴ってきやがって。わけわかんね」
はぁ〜


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2016年05月22日

考えたこともない




今朝も、いつものように校門脇に立って私たちに『おはよう』と声をかけてくる沼田先生に『おはようございます』と返してから、学校の敷地内に入った。
「小笠原、寝不足か? もっとシャッキとしろよ」
「へぇ〜い」
すぐ後ろで、知ってる声で生返事をしているのが聞こえてきた。振り返ると、やっぱり小学校からの幼馴染みの晋が眠そうにしている。
「おはよう」
「ああ、おふぁぁお」
のどの奥まで見えるような間抜けなあくび顔。もっとキリッとしてれば、多少は見れるっていうのに。この残念なバカは。
頭を押さえながら、首を振っていたら、
「小笠原くん、ちょっと話いい?」
私を押しのけるようにして、高村さんが晋に迫っていく。それから寸前で立ち止まり、そのまま頭を勢いよく下げて、
「ごめんなさい。私、あなたのこと、全然、これっぽっちも考えたことありません!」
だって。
あらら、晋、撃沈だよ。かわいそうに。ぷぷぷ。


なにが起きたのか分からず、キョトンとしてる晋に『そういうことだから、さよなら』って言い残して、高村さん、校舎の方へ去っていったんだけど、
「えっと、ご愁傷様・・・・・・?」
さすがに、眠気がふっとんだって顔してる。
「な、なに、あれ?」
「フラれたんじゃないの? 高村さんに」
「だれが?」「アンタが?」
「なんで?」「高村さんには心に決めた本命がいるから」
すでに遠く離れてしまった校門横で、相変わらず生徒たちに朝の挨拶している沼田先生の横顔をチラリと眺めた。今この場で起きた出来事には気が付いていないみたいで、にこやかに通りかかった三年生に声をかけているのが見える。
「いや、それは知ってるけど。そうじゃなくて、なんで俺がフラれたんだ?」
「え?」
「俺、別に高村にコクッたりしてないのに? つうか、そもそも、高村のこと好きでもなんでもないのに?」
「またまたぁ〜」
だけど、強がっているだけかと思ったら、案外、本心を口にしている様子。全然、気落ちしているようには見えない。ただただ戸惑っているだけみたいに見える。
「なんだったんだ、あれ?」


晋が高村さんにフラれた場面、目撃している人が結構多かったようで。というか、朝一の周りに生徒が大勢いる場所・時間帯だから、みんな見てたのは当たり前で。一時間目の授業が始まる前には学校中に知れ渡っていた。
うん、まあ、さすが学校中から注目の的の学園のアイドル的立ち位置の高村さん。
そのせいもあって、教室で晋は友人たちに慰められ、そして、なぜか賞賛されていた。みんな玉砕覚悟で告白した結果が朝のあの場面になったと思っているみたい。
ただ一人、晋だけが憮然としていた。事実は本当に違うみたい。ヘンな話だ。
で、一時間目が終わった後、どこか思いつめた表情をした晋が、クラスが緊張に包まれる中で高村さんに近づいていき、高村さんの二人の友達が警戒の目で見守る中、何やら話合いをしていた。
正直、失恋の腹いせに、その場で暴れ出すんじゃないかと誰もがひやひやものだったけど、意外にも、二人とも終始冷静な態度を保ち、穏やかに元の席へ戻っていった。
クラスの中に、ホッとした安堵の空気が満ちた。
のだけど・・・・・・
「って、犯人は、お前かぁ!」
「えっ? 私?」
昼休み、なぜか晋が目を吊り上げて、私に迫ってきている。
「お前と圭太が高村に余計なこと吹き込んだんだろ」
「ええっ? そ、そんなこと言ってないわよ」
「高村、言ってたぞ。昨日、お前らが話してるの聞いたって」
「う、うそ? そんなこと話し・・・・・・」
だけど、頭の隅には、確かに昨日の学校帰り、偶然、部活帰りの弟と一緒になって、弟と部活が同じ晋のことがチラリと話題に上ったような記憶があるわけで。
「あっ・・・・・・ け、けど、でも、あのとき、高村さん、近くにいなかったし」
「どこ見てたんだよ。すぐ後ろ歩いてたらしいぞ」
「う、うそっ!」
「声かけようとしたら、自分のこと話してたみたいだから、声かけられずにしばらく後ろ歩いていたって」
「そ、そんなぁ」
「ったく、おしゃべり姉弟め」
悪いのはどうやら私たちみたい。こうなると謝るしかない。
「ご、ごめん」


「つうか、昨日、たまたま部活の休憩中に高村が沼田に話かけてるの見かけて、一途で可愛いなって他の連中としゃべってただけなのに、そんなことまで圭太、お前に話すのかよ」
「あ、うん。あの子、隠さずなんでも話すよ。昔からおしゃべりだもん」
「そうか? いつも部活じゃ、無口でおとなしいのに」
「そうなの? 家じゃ、今日、学校で何があったとか、だれが先生に叱られたとか、子供の時から割とペラペラしゃべりまくってるけどな。ほっといたら、一日中しゃべっているかも」
「へぇ〜 あの圭太がなぁ〜」
「それに、あの子、秘密とか絶対に我慢できないタチだしね。姉の私が言うのもなんだけど、ホント、口軽いんだよ」
ちょっとうちの正直なだけが取り柄のかわいい弟のことを自慢げに言ってたら、なぜか目の前の晋の目の色が変わったような気がする。なにかこう、どぎまぎしているというか、うろたえているというか。それから、どこか探るような視線で私の顔色を伺ってきた。
「じゃ、じゃあ、まさか、あいつ、俺が前に・・・・・・ い、いや、なんでもない」
「ん? なになに?」
「いや、なんでもないから」
「あ、もしかして、私には聞かせられないこと、あの子に話したの? あ、分かった私の悪口でしょ」
「ち、ちげぇよ。そんなことじゃ」
すごく動揺している。目が泳いでいる。よっぽどひどいことを圭太に吹き込んだのかな。けど、圭太がそんなこと言ってた覚えないけど。秘密なんてロクにできない子なのに。これも成長? 進化? 喜ぶべきか、悲しむべきか。姉としては悩みどころね。
「どうだか。そうだ、あとで、あの子締め上げて、ゲロっちゃわそう」
「い、いや、だから、そんなことじゃ」
「もし、私のことひどく言ってたら、晋、覚悟してなさい。昔のこと、全部、学校中にバラしちゃうんだからね」
「昔のことって」
「ほら、小学校のときのおもらし事件だとか、つまずいて女の先生のスカートの中に顔つっこんじゃった事件とか」
「や、やめろよ。そんな古い話」
「他にも、あんなこととか、こんなこととか。全部、私、覚えてるんだからね」
「あ、あのなぁ」
頭抱えている。うんうん。私、本気だからね。後悔させてあげるんだからね。


というわけでやって来ました一年生の教室。今日は掃除当番だったみたいで、教室の中をのぞくと、圭太は神妙な顔でモップを動かしていた。
「圭太」
「ああ、姉ちゃん」
「晋のことで、ちょっと訊きたいんだけど」
「あ、そうだ。その小笠原先輩、コクってフラれたんだって?」
「えっ、あ、うん」
「フン、いい気味だ。ずっと姉ちゃんのことイイって言ってたくせに、乗り換えようとするから。天罰だね。あんなゲス男、フラれて当然だよね。ねっ、姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「え、えっと・・・・・・」
一瞬、頭が真っ白になった。晋が私のことをイイって? そ、それって、どういうこと? 初耳なんですけど?
根掘り葉掘り圭太に問いただしたいような。けど、もし聞きだしたら、この先、晋とどういう顔して付き合えばいいのか・・・・・・
ずっと友達だと思っていたのに。
「姉ちゃん? 姉ちゃん? どうかした?」
「あ、う、ううん。なんでもない」
「そう。なんか顔赤いよ。熱でもあるの?」
「あ、ううん。なんでもない。なんでもないよ」「そう?」
不審げな弟を残して、逃げ帰るように自分の教室に戻るしかなかった。
たはは、これじゃ完全に挙動不審女だよ。
で、間の悪いことに、教室には晋が残っていて。
「大丈夫か?」「きゃっ!」
「なんだよ」「な、なんでもないわよ」
十分になんでもあるんだけどね。
でも、目の前のあのかつてのおもらし男が、私のことを。私のことを。
「け、圭太がなに言ったか知らないが、あんなの全部ウソだからな。デタラメだからな」
「えっ、あ、う、うん。わ、分かってるわよ、そんなこと!」
そして、キリリとした涼やかな目元でじっと私の目を覗き込んできた。
「俺、お前の悪口なんて、一度も言ったことないからな」
「うん。分かってるって。アンタが私のことを圭太に悪く言ったなんて本気で考えたことないから」
「そっか」
心底、安心したって顔してる。つうか、本気でそんなこと心配してたんだ。この変態パンツ覗き男は。それはそれで、ちょっとあまりいい気分じゃないんだけどな。だから、すこしだけ意地悪な気分になってしまったのも仕方がない。
高村さんになった気分で、口走ってしまっていた。
「ホント、ごめんね。アンタが私のことどう思ってるかなんて知らなかったわ。私、アンタのこと、今まで、これっぽっちも考えたことなかったわ」
「・・・・・・」
凍り付いてる。顔がひきつってる。ちょっと涙目。うふふ。で、すかさず、
「でも、これから少しは――」


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2016年05月15日

明日、起こしにいってあげる




「アンタの部屋のガラス窓、カギ開けときなさいよ」
「なんでだよ」
「あたしが、明日、起こしにいってあげるんだから」
「べ、別にいいよ。一人で起きれるし」
「いいから、起こしに行ってあげるの。いい? とにかく、もしベランダ側の窓、明日の朝、カギかかってて開かなかったら、アンタのあんなことやこんなこと、あることないこと、全部、アンタのクラスのみんなに言いふらしてやるんだからね」
「な、なんだよ、あることないことって・・・・・・」
「ほら、アンタが小学校卒業するまでおねしょしちゃってたとか、初恋の相手に告白して見事にフラれて、やけになってお父さんのお酒勝手に飲んで酔っ払ったとか」
「全部ウソじゃねぇかよ!」
「あら、そう? でも、上級生の私がそう言えば、みんな信じるわよ。それにアンタのことなら全部知ってるってみんな思ってるんだし」
「あ、あのなぁ」
そんな脅迫めいたやり取りがあって、俺の部屋のガラス窓、今朝はカギをかけなかった。


たまたま隣同士の家に住む異性の幼馴染みがお互いのことを意識するようになり、恋をして、短い交際期間を経て結婚に至るってこと、どれぐらいの頻度で起こることなんだろう?
ドラマや小説、ゲームでは定番のシチュエーションだけど、実際には・・・・・・?
かなりのレアケースだと思うのだが。
で、ところが、そんなことが現実に起こったわけだ。それも俺の身近な人たちの間で。そう、我が親父とお袋がそれ。
そんな博物館で展示されていてもおかしくないような珍奇な夫婦だったのだけど、今から三年前、あっさり離婚してしまった。親父の不倫がバレたのが原因だったらしい。
でも、あの堅物で当時からすでに頭髪が乏しくなり始めていたあの親父が不倫・・・・・・?
う〜ん。
ちょっと想像もつかないな。本人は、当時のこと、全然話してくれないけど、実際に怒ったお袋が姉貴を連れて出ていってしまったのは事実で。
残された俺と親父で、この三年間、狭いアパートで暮らしていたのだった。
おかげで、俺の家事スキルがものすごく伸びてしまって、悪友たちにお嫁に来いなんて誘われる始末で。
てか、なんで男の俺がむさくるしい男どもに嫁がなきゃならねぇんだっつうの。
せめて、前の学校で同じクラスだった野村さんみたいな可愛い女の子にそんなことを言われたなら、二つ返事でお嫁に、いや、お婿さんか、いっちゃうんだけどな。
で、そんな風に親父と二人で暮らしていたら、最近、おばあちゃん(親父のお袋の方)がちょっとした段差につまずいて足を怪我してしまい、介護が必要になった。
おじいちゃんはすでに他界しており、一人息子な我が親父。必然的に親父が面倒を見ることになり、この三年間住んでいたアパートを引き払って、おばあちゃんちへこの春に引っ越してきたってわけだ。
ところが、お袋の方は、親父と別れた直後には、実家の方へ戻ってきており。
親父とお袋は、さっきも言った通り、もともと隣家同士の幼馴染み。そして、ふたりとも今はそれぞれの実家に戻ってきている。ってことは・・・・・・


「友晃、起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
朝の爽やかな光の中で俺の部屋のガラス窓が外から勝手に開いて、そこから女が体をねじ込んできた。
っていっても、姉貴だが。その姉貴、うまく窓枠を跨ぎきれないみたいで苦労している。
「ちょっと、ボサッと見てないで手伝いなさいよ」
「あ、ワりぃ、ワりぃ」
手を貸して、部屋の中へ引き入れる。
「つうか、わざわざ窓から来ないで、玄関から来ればいいだろ。そんな苦労するならさ」
「別にいいでしょ。こっちの方が近道なんだし」
ちなみに姉貴の部屋は隣の家の二階のうちの方とは反対側にあり、二階を横切って、ベランダへ出、手すりとは三十センチほどの隙間しかない俺の部屋の窓を乗り越えてきたのだ。
「それより、どうよ。朝から女の子が起こしにくるなんて、まるでアニメの主人公になった気分しない?」
「はぁ? するかよ、そんなこと。女っていっても、姉貴じゃねぇか!」
なんて、口では言いつつも、苦労して俺の部屋に入ってきた姿を見てたら、ちょっとだけ、そんな主人公気分を味わってたりしたのは内緒だが。
姉貴、俺の顔をしげしげと眺めてて、すこしだけ上機嫌になった。って、俺、そんなに考えていること顔にでるタチかな。まいったな。
ともかく。
「で、なんで、こんなことを? わざわざ起こしに来なくても、俺、見ての通り、もうとっくに起き出してるんだけど?」
「ああ、そうだった。まあいいわ。友晃、しばらくベッドで寝てるフリしててくれる?」
「はぁ? なんで?」
「いいから。ほら、早く」
そんなわけで、渋々ベッドに横になり、布団をかぶると、姉貴のヤツ、入口のドアを開けた。それから、大きな声で、
「ほら、いつまで寝てるのよ。朝よ、起きなさい!」
三年前まで毎朝聴かされていた懐かしい抑揚でそんなことを言ってくるわけで。
「なにが後五分よ。いい加減、起きなさいよ。起きないんだったら、実力行使しちゃうんだからね!」
――いや、俺、とっくの昔に起きてるし。
――シッ。まだ黙ってて。
姉貴、しきりに廊下の方の物音を気にしていた。


『アキちゃん、来てるの? いつも宗平、起こしに来てもらって、ごめんね。本当、我が息子ながら、しょうがない子だわ』
突然、階下からおばあちゃんの声が聞こえてきた。
でも、アキちゃん? 宗平? 俺、友晃だし、姉貴は沙織なんだけど? 大体、アキというか、明子と宗平はお袋と親父の名前だ。
しかも、いつもって、姉貴が起こしに来たの、今日がはじめてだよ?
はっ、まさか、おばあちゃん、いよいよボケて。
思わず、身震いしてしまった。
そうだよな。結構高齢だし、老人は足腰にガタが来ると、途端にボケやすくなるってなにかで読んだことがある。
「おばあちゃん・・・・・・」
震える声でつぶやいていた。だけど、この三年間、ずっと隣の家に住んでいた姉貴にとっては、そんなことは別に驚くことでもない様子で、
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
明るく返していた。


「姉貴、おばあちゃん、いつからあんな風に?」
「ん? なんのこと?」
「ほら、さっき、下でお袋たちの名前で呼んでいたじゃん」
途端に、あきれ顔されてしまった。
「ホント、アンタってバカね」
「はぁ? なんでだよ」
そんな風に言いあいながら姉貴と二人で階下へ降りる。ダイニングのテーブルの上にはおばあちゃんが用意してくれたのか、朝食が用意してあった。四人分の。
「アキちゃん、今日も食べていくんでしょう? ほら、あなたの大好きな卵焼きもあるわよ」
「わぁ。いつもありがとうございます」
「いいえ。うふふふ」
戦慄しながら、姉貴のことをお袋の名で呼ぶおばあちゃんを眺めているしかなかった。一方で、俺の隣の席では親父がマジマジとおばあちゃんと姉貴のことを見つめていた。苦笑を浮かべながら。
やっぱり、姉貴のことをお袋と間違えているおばあちゃんが心配なんだろうな。何と言っても、たった一人の息子なのだし。


それから、毎日、姉貴が俺のことを起こしに来た。そして、俺と親父とおばあちゃんと姉貴の四人で朝食のテーブルを囲んで、それぞれに学校や会社へ出かけていく。そんな日々が続いた。
俺、わざわざ姉貴に起こしてもらわなくても、自分で起きられるのにな。というか、一度たりとも俺が起き出す前に部屋へやってきてないのに、こんなこと続ける意味ってあるのだろうか?
それに、普段はおばあちゃん、姉貴のことをちゃんと『沙織』って呼ぶし、一度も間違ったことがないのに、朝のこの時間だけはいつもお袋の名前で呼ぶのは、どういう症状なのだろう? そういう痴呆の症状ってあるのだろうか? 不思議だ。
それから、なによりもヘンなのは、そんなことを続ける姉貴のことをいつも苦笑して黙って見つめている親父が、昨日いそいそとデートに出かけていったことだ。
お袋と別れるときにひどい罵り合いを演じたのに懲りたのか、この三年間、全く女性への興味を失った様子だったのに、どういう心境の変化なのだろう?
しかも、帰ってきたときには、唇の端にどこかで見覚えがあるような色合いでかすかに赤くなってたのは、見なかったことにしておいた方がいいのだろうか? だって、主にお袋の口紅の色として見覚えがある色だし。
ともあれ、世の中、ヘンなことだらけだ。


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