2016年02月28日

メチャクチャに




放課後から遊びに来ている智明に断って席を立ち、自室を出た。さっきから尿意が限界に近づいていたからだ。
廊下にでると、向かいにある居間の扉が開いており、巨大な雛段が覗いている。
毎年この時期、姉貴のためだけに飾られる雛人形、お袋のものが一セットと親父側の祖母のが一セットあり、律義にも、両方とも飾られる。
――うん、きっと、姉貴、将来結婚式が一度きりで収まるなんてことはないのだろうな。
そのずい分狭苦しく感じられる居間の中を覗きながら、苦笑するしかないのだが、すぐにその異変に俺は気が付いた。
「またかよ。お袋に見つかったら、また怒られるぞ」
雛壇の最上段、二体のお内裏様が並んでいる。金屏風の前で、仲良くお内裏様だけが並び、華やかな六人の官女を従え、十人囃子がにぎやかに、そして、四人の大臣たちも仰々しく。
だけど、肝心の内裏様たちの相手のお雛様たちの姿はない。それがさも当然でもいうかのように、お内裏様たちだけが仲睦まじく寄り添うようにしている。
『陽史×北条くんかしら? ううん、それよりも北条くん×陽史の方がしっくりくるかも。陽史は総受けだし』
ちょうど、そこへどこからともなく廊下に響く不気味な声。って、
「姉貴、声、廊下まで漏れてるぞ! 大体、なんだよ、俺×智明って。それと、お雛様、お袋が帰ってくる前に、ちゃんと元に戻しておけよ」
ため息をつきながら、俺の隣の部屋のドア越しにそう声をかけ、トイレに向かうのだった。
――まったく、姉貴のやつ、なに考えてんだか・・・・・・


すっきりとし、洗面所で手を洗って、廊下に出る。
来た道をもどって、自分の部屋へ向かうのだが、なぜか姉貴の部屋の近くで智明が俺を待っていた。
「よお、智明もトイレか?」
俺に返事をすることなく、無表情だった智明。無警戒に近づいて行く俺の腕を突如つかんできて、力いっぱい引っ張り、俺の体を廊下の壁に押し付けてきた。そのまま、覆いかぶさるようにして壁に手をつき、顔を近づけてきて、低い声でささやいてくる。
「俺、お前をメチャクチャにしたい!」
「・・・・・・」
一瞬、なにが起こっているのか分からなかった。だが、次第に今のこの状況が把握できるようになり、智明の口からでた言葉の意味を脳が理解しだす。
――な、なにやってんだ、智明? き、急に、なに言ってんだ?
全身から血の気が引いて行く。寒けがする。鳥肌が一気に立つ。
なのに、智明、本気の目をして、俺を見下ろしている。
「お、おま・・・・・・」
「俺、本気だぜ」
「じょ、冗談はやめ・・・・・・ろ」
なんとか身動きして、この状況から逃れようとしていると、
「ひゃぁぁぁ〜〜〜〜」
すぐそばで、気の抜けたような悲鳴が上がった。
ギョッとしてそちらを見ると、なぜかものすごくうれしそうな顔して、両手で口元を覆い、俺たちの様子を眺めている姉貴の姿がある。
「ち、違うんだ、こ、これは・・・・・・」
言い訳しようとする俺のことを無視して、なぜか姉貴、智明に向かって、
「続けて、続けて。その調子。うん、いい。すごく、いいよ」
その姉貴の言葉に促されるように智明のやつめ、
「俺、前からお前のこと狙っていたんだぜ。俺のものになれ」
もうほとんど半笑いの顔で、俺のことを見下ろしてくるわけで。
その姿と姉貴の興奮した顔を見ていたら、次第に事情が飲み込めてきた。
「はぁ〜 あのなぁ、智明、お前なぁ〜」
ぐりぐりこぶしを回しながら、顔面に押し付けてやると、たちまちこぶしの向こうで笑い声が上がった。
「姉貴になに言われたか知らんが、驚いたじゃねぇか。お前ってそういう趣味があったのかよ」
「ああ、すまんすまん」
ようやく、いつもの調子にもどった智明が俺の腕をとって、立ち上がらせてくれた。でも、正直、今、こいつの手を借りたくはないのだが。いつもより半歩ほど離れた場所にいたいのだが。
「でも、ほら、沙織さん、約束ですからね。明日は半日俺に付き合ってくださいよ」
智明のやつ、眼をキラキラさせながら、そんなことを口にしている。それに応えて、姉貴のやつ、
「うん。いいわ。明日は付き合ってあげる。北条くん、頑張っていいもの見せてくれたし。眼福眼福」
どこの中年親父だよって感じの脂ぎっただらしない笑顔を浮かべているし。
って、本当に、こんなのでいいのか、智明? 我が姉ながら、心配なのだが?
だが、智明はそんな俺の心配の視線に気づくこともなかった。
「あ、でも、明日もし私が急に行けなくなることがあったら、代わりに陽史をメチャクチャにしてもいいからね」
弟を売る姉がここにいた。


昨日、最後にあんなことを言ったものだから、正直、朝から戦々恐々となっていたのだが、存外姉貴のやつ乗り気だったみたいで、約束の時間の何時間も前から今日着ていく服を選ぶのに時間をかけ、入念に化粧をしていた。そして、時間になると、いそいそと出かけていった。
とりあえずはホッだ。
これで、俺が智明に―― いや、なんでもない。考えたくもない。
今日は休日で休みの俺は、ベッドで横になり、ウトウトしていたのだが、
――ピンポーン
玄関で呼び鈴がなった。目が覚めた。時計を確認すると、もう昼はだいぶ過ぎている。でも、あいにくお袋たちは出かけていて、今は俺一人のはず。
俺はのろのろと自室を出て、玄関に向かった。半分、寝ぼけながら、ドアを開けると、
「よっ、元気?」
「ああ、茜か」
隣の家の同い年の幼馴染みが回覧板を手にしてそこに立っていた。
「はい、回覧板」「ああ、ご苦労さん」
回覧板を受け取り、それで用事がすんだと思っていたら、
「ねぇ? 沙織さん、朝からおめかしして出かけていったみたいだけど、もしかして、デート?」
目を輝かせて、そんなことを尋ねてくるわけで。
「ん? ああ、なんだ、そんなことか。そ、デートだ。智明とな」
「へぇ〜 やっぱり。北条くん、前々から沙織さんのこと好きだったもんね」「みたいだな」
途端になぜかニヤリとしてきやがった。意味深な目の色までして。
「ふぅ〜ん」
「なんだよ? 俺の顔になにかついているか?」
「別にぃ〜」
今度はマジマジと俺の顔を見つめてくる。そんなに俺の顔がめずらしいのかよ?
「ま、元気だしなよ。北条くんなら、沙織さんのこと幸せにしてくれるだろうしさ」
そんな謎の言葉までかけてくる始末。ったく。
「なにが言いたいんだよ」
「大好きなお姉さんを親友にとられた傷心の弟くんを慰めてあげてるの」
「あのなぁ お前なぁ」
というわけで、昨日の出来事を茜に話している俺がいるわけで。
「へぇ〜 北条くんがそんなことを・・・・・・」
「ああ、ものすごく気持ち悪かったよ」
「私も見たかったなぁ〜 北条くん、あれで結構男前だし」
「どこがだよ。大体、男に迫られて、だれが喜ぶんだよ。吐き気がするだけだぜ」
「そう? でも、なんか、陽ちゃん、嫌がっているようには見えないけど?」
「はぁ? どこがだよ。どこに目がついてるんだよ」
思い出しただけでも鳥肌が。うう・・・・・・
「き、気持ち悪ぅ」
「ふふふ、そうは見えないけどね」
「はぁ? ほら、見てみろよ。腕、ブツブツができてるだろ」
見せつけるように茜の目の前に腕を伸ばすと、茜のやつ、ハッと息を飲んで、俺の腕を見つめてきやがった。あまり鍛えていない貧弱な俺の腕。それでも、それなりに引き締まって筋張ったがっちりした腕だ。茜に腕を見せたのって、いつ以来だ?
たしか小学校の低学年のときに、遠足で一緒に手をつないで、歩いたことがあったっけ。あのときから、だいぶ男っぽく成長したはず。そういえば、茜の手、柔らかくて、温かかったな。
俺の腕をしばらく見つめていた茜だったけど、急に顔を上げ、その腕をつかみ、俺の胸を乱暴に突いて、壁際に追いつめ、壁に手をついて、尻モチをついている俺に覆いかぶさってきた。って、なんか昨日も似たような状況があったような・・・・・・
あっけにとられ見上げる俺の顔のすぐ近くで、俺以上に自分が突発的にしでかしたことに驚いている風だった茜が、見る見る真っ赤になっていった。自分でも、今したことが信じられないようだ。だけど、すぐに、なにか決心したみたいで、ひたと俺の眼を覗き込んできた。
一度息を吸って目をつぶり、叫ぶように声をぶつけてくる。
「アンタは私のこと、メチャクチャにしてもいいんだよ」
えっと・・・・・・
なにが起こっているんだ? いや、まあ、二回目だし、今度は最初よりも冷静になれてる。いや、なれてる気がする。
次第に、俺の周りの気温が上がる。けど、なんだ、これ? 体の奥底からの震えが・・・・・・
茜のヤツ、なに言って・・・・・・
うまくのどや唇を操れなくて、それでも、精いっぱいの言葉を発した。
「あ、は、はい」


なんだか、すごく体がふわふわした気分だ。空を飛びまわっているような、そんな。
あの後、耳まで真っ赤になった茜のヤツ、急に体を硬直させたと思ったら、なにも言わずに飛び出していった。俺は後を追うこともできず、呆然と玄関先にへたり込んだまま。
でも、なんだ、これ? すげ〜いい。すげ〜うれしい。すげ〜
「えっと、コホン」
誰かが遠慮がちに咳払いしたような気がして、顔を上げた。なぜか廊下の先に姉貴と智明の姿があった。いつの間にか帰っていたのか?
「あ、声をかけようと思ったのだけど、なんだか、お取込み中だったみたいだから・・・・・・」
「あ、う、うん」
「と、とにかく、この場合は『おめでとう』でいいのかな?」
「な、なんで姉貴たちが家にいるんだよ?」
「ああ、映画終わって食事して、ついでにどうせヒマしてるだろうから、アンタに顔でも見せにいこうってことになって、そしたら・・・・・・」
突然、何を思ったのか、姉貴のヤツ、智明の胸をついて、壁に押し付けて、
「『アンタは私のこと、メチャクチャにしてもいいんだよ』って場面に出くわしちゃって」
智明のヤツ、一瞬、自分の身に何が起きたか分からず呆けっとしていたが、慌てて、
「あ、は、はい」
って、智明、さっきは俺、そんな変質者みたいな顔してなかったはずだぞ。そんなだらしなく頬を歪ませてなんか。いくらうれしいからって、そんなみっともない顔なんて。
そこまでメチャクチャな笑顔なんてな。


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2016年02月21日

学級閉鎖




「ねぇ 今日なんだか、人少ないね」
登校した途端、前の席から振り返った涼香がそんなことを言ってきた。
「えっ? ああ、そういえば、そうだね」
「今、インフルエンザ流行ってるからかな」
「だねぇ」
なんて、適当に相槌を打っていたのだけど。
その後の一時間目、先生の目を盗んで、ぐるりと教室の中を見回し、数えてみる。あと一人休めば・・・・・・
ちょっとほくそ笑みながら隣の席の幸平を見やる。幸平もそれに気が付いているみたいで、声に出さずに、
『明日、学級閉鎖になったら、こないだ約束した映画を一緒に観に行かない?』
って伝えてきた。
もちろん、私の返事は首を大きくタテに一振り。
「おっ、水本、俺の説明そんなに分かりやすかったか? とても納得してくれたみたいだし、早速この問題解いてみろ」
というわけで、前に出て問題を解く羽目になってしまった。とほほ・・・・・・


涼香に『おつかれ』って労われながら、席に戻ってくる。幸平が片手を上げて、私に謝罪してくるのに柔らかい微笑みで返して、もう一度ぐるりと教室の中を見回すと。
いるいる。奥の席の野球部の奥村、熱があるのか顔が赤っぽい。さらに、廊下側の方の席、中山さんもマスクの下でコンコン咳き込んでいる。他にも、何人か体調の優れなさそうなクラスメイトがいる。これは・・・・・・
思わず、にんまりしてしまった。
――明日、なに着て行こうかな。


今日の授業が終わり、部活のある幸平とちょっとおしゃべりして、涼香と一緒に下校した。
途中、二人してコンビニによって、中華まんを買って食べて、いつもの角で別れて、家に帰ってきた。
ストーブであったまった部屋に加湿器のスイッチを入れて、今日でた宿題を片づける。
――えっと、これ、たしかあの時私が解かされた問題と似ているなぁ
なんて頭を使っていたら、スマホに涼香からメッセージが。
『明日、うちのクラス、学級閉鎖だって』
――ヤッター、これで明日、幸平とデートだ。
そんな気持ちが返信にも現れちゃった。
『\(~o~)/』


だったのだけど・・・・・・
その閑静な住宅街にある一軒家の玄関先に立ち、門柱についたドアホンを押した。
ピンポーン♪
家の中からかすかに呼び鈴の音が聞こえ、それから、結構な時間が経ってから、
カチャ
ドアが開いた。
「はい」
「あ、私。体調、大丈夫?」
「ああ、来てくれたんだ」
「うん。だって、幸平が心配なんだもん」
そう、学級閉鎖になった最後の一人こそが、よりにもよって幸平だったのだ。
「そこのスーパーでプリン買ってきたよ」
「ああ、ありがとう」
「大丈夫? 私、おかゆでも作ろうか?」
「ああ、いい。今、食欲ない」
「そ・・・・・・」
なんだか、いつもの幸平と違って、眼が虚ろな感じ。高熱があるのか、上半身がフラフラしてる。
「おうちの人お仕事で、看病してくれる人だれもいないんでしょ? 私が――」
「いや、いい。悪いけど、今しんどいから帰ってくんない」
「えっ?」
あのどんな時もいつも私にだけは笑顔を向けてくれる幸平が、こんな冷たい態度をとるなんて、まったくの予想外だ。
「け、けど・・・・・・」
「来てくれたことはうれしい。けど、今日はこれでな。じゃ」
そうして、バタンと大きな音を立てて、ドアが閉じられてしまった。
――そ、そんな・・・・・・ 幸平が私のことを拒絶するなんて・・・・・・
眼尻に温かいものがあふれてきた。


うつむきがちにとぼとぼと歩く帰り道、吹きつけてくる風が冷たい。しかも私の心の中にまで吹きすさんでいる。
どうしてだろう? なんで、幸平に嫌われちゃったんだろう?
あらかじめ断りもなく幸平の家に押しかけたから? 看病を申し出たり、料理をしてあげるって言ったのが、押しつけがましくて、ウザがられたから?
なんで? どうして?
必死で我慢しないと口から嗚咽まで漏れちゃいそう。
と、カバンの中のスマホにメッセージが届いた。幸平から。
『今日は着てくれてありがと。すげーうれし勝ったよ』
なんだか、すごく調子悪そう。いつもの幸平じゃないみたい。
心配になって、思わず来た道を引き返しそうになったのだけど、
『けど、殺気は追い返すみたいになって悪かったな。美奈にインフルエンザ写したくなかったからさ』
足が止まった。画面をマジマジと見つめた。そしたら、またメッセージが。
『こんなつらいの、美奈にだけは経験させたくない』
――幸平のバカ。
そうして、私は近くにあったスーパーに向かい、消化にいい食材を買い物して、駆けて戻っていった。
――待ってて、幸平。



もちろん、そのおかげで、今はこうして私もインフルエンザになってしまったんだけど。
うん。でも。なんだか幸せな気持ち。大好きな幸平からもらったインフルエンザ。
――いつまでも治らなくてもいいな。
あ、けど、今気づいた。そんなことになったら、私、幸平との約束の映画いつまでも観に行けないや。
ど、どうしよう。


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2016年02月14日

幸せな妄想




これは絶対におかしい。なぜ、俺だけが一つもチョコレートをもらえなかったのだ?
あの貧相な田辺も、ウザい松下も、あのオタク野郎の野口でさえももらえたというのに、なぜ俺だけが誰からももらえなかったのだ?
このクラスで唯一イケてる俺が、なぜだ?
そんなはずはない。ありえない。
これは夢か? でも、頬をつねれば痛い。現実だ。
なのに、どうして、俺の手元には、一つも・・・・・・


もちろん、あの三人が女子からチョコレートをもらえたといったって、それは全部、義理チョコで、だれもあいつらに本命のチョコを渡したわけじゃないだろう。
確かめたわけじゃないが、そうに決まっている。
大体、あんなチビでのろまでダサいバカ三人組のうちのだれかを本気で好きになる女子なんて、いるはずないんだ。毎日、教室で今季のアニメはどうのと言っているようなやつらなのだから。
俺みたいなさわやかなイケメンスポーツマンがいるというのに、女子たちがあんなやつらのことを好きになるはずなんてない。
機敏に動けるわけでも、早く走れるわけでも、ボールさばきがうまいわけでもない、あんなやつらなんてゴミ同然だ。ごみ虫だ。俺からすれば、生きている価値もない存在だ。
なのに、なぜ、あいつらは女子からチョコをもらえたんだ?
あげるなら、あいつらじゃなく、まずは俺にだろうに?
ありえない。絶対におかしい。


あっ、そうか、本当は、女子たちは俺にチョコを渡すつもりだったのだが、照れくさく恥ずかしくて渡せなかったのか。
そうだ、そうに違いない。
本当はちゃんと本命チョコを用意していたんだけど、いざとなると恥ずかしくなって、勇気がでずに渡せなかったに違いない。クラスの女子たちは、本当はみんな照れ屋で小心者ぞろいで、そういう勇気のいる行動を実行できるような子が一人もいなかったに違いないのだ。
うん、それなら納得できる。
それなら、俺が今年も一つももらえなかったことを納得できる。
そうか。去年も一昨年も、一つももらえなかったのは、この学校の女子たちが、揃いも揃って照れ屋の小心者だったからか。そうか、そうだったのか。
うむうむ。そうに違いない。
あいつらには義理チョコだったから気楽に渡せたけど、俺には本命だから緊張してしまって・・・・・・
うん、みんななんて可愛い子たちだ。


いや、待てよ、他にも可能性があるのか。
もしかすると、俺に気のある女子たちが複数いて、実はそれぞれに当日チョコを渡す計画を立てていたんだけど、お互いにその計画に気が付いていて、抜け駆けしないようにけん制しあっているうち、結局、全員が俺にチョコを渡すチャンスを逃してしまったと・・・・・・
いや〜 参ったな。俺って、なんて罪深い男なんだ。
存在するだけで女子たちのライバル心をあおりたてるような魅力的な男だなんてな。
いや、参った。
おっ、今気が付いたんだが、ほら、見てみろよ。前の方の席の女子たち。俺のことをチラチラ盗み見て、切なげな表情を浮かべているぜ。
絶対、あれ、俺にチョコを渡せなくて、後悔している顔に違いないな。
うんうん、いいんだぜ、ずい分、遅れちゃったけど、今から俺にチョコを渡しても。
俺は博愛主義だから、チョコをくれる子、全員に俺の愛を分けてやるぜ。
さあ、いまからでも、遅くない。さあ、さあ。さあ。



「なにあれ? 気持ちワル〜い」
「こっち見て、ニヤニヤしちゃって。絶対、嫌らしいこと考えてるんだよ、あれ。オエ〜だね」
「あ、私、鳥肌立ってきちゃった。みんな、あっち行こう」
「そうね。そうしよ」
女子たちは席を立ち、離れた席へ移動を始めた。
「そういえば、カオリたち、田辺君たちと日曜日遊園地行ってきたんでしょ? どうだった?」
「あ、聞いてよ。それがねぇ うふふ」



教室の後ろの席、その孤独な妄想男は一人でいつまでも幸せな妄想にふけるのだった。現実を直視することなく、妄想におぼれ続けた。彼だけが真実と信じるその世界に閉じこもり続けた。そして、もちろん、その後も彼がチョコを手にすることはなかった。
――あ、あれ? おかしいな。視界がぼやけてきた。なぜだろう? それに、温かいものが、頬をつたって・・・・・・


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posted by くまのすけ at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする