2016年01月31日

恵方巻き




「ねぇ? ここいい?」
昼休み、前の席の友香と向かい合ってお弁当を食べていると、浅野さんが声をかけてきた。
クラスでも派手で目立つ浅野さん。今日もスカートを短めにし、私が着用している学校指定のベストよりも、すこし明るい色合いのセーターを着ている。着こなしている。こうして、近くでよく見ると、どこかのブランド物のようだ。
地味で目立たない私たちとは本来からして住むべき場所が違う人種だ。実際、このクラスになってから今まで、こんな風に一緒にご飯を食べることはもちろん、気安く声をかけ合うことすらもなかった。
もちろん、別にお互い嫌いあっているわけじゃない。ただ、純粋にクラス内ヒエラルキーが違うだけなのだ。だから、私たちの間には最初から接点なんてものはなにもないはず。
なのに・・・・・・


隣の大山くんの席から勝手に椅子を拝借してきて、私の机の横に場所をとる。それから、可愛い柄のついたお弁当の包みを開き(たぶん、これもブランド物)、小ぶりなサイズのお弁当箱が姿を現した。
いつも派手で目立つ女子。そんな女子の食生活ってどんなのだろう? 興味があって、そのお弁当の蓋が取りのぞかれる瞬間を友香と一緒にかたずを飲んで見守っていたのだけど、その視線に気が付いたのか、
「ふふふ、ジャジャーーーーン」
自分で効果音をつけて両手で蓋を取り除く。けど、開かれた浅野さんのお弁当箱の中には、細長く、黒い物体。
「これって・・・・・・」
「そう、今日のお昼は太巻きぃ〜」
見た目派手な女子が、お昼に太巻き? 巻きずし? お寿司?
いや、まあ、たしかに、今日は二月三日節分だけど、近年になって広まったように、太巻きを食べる日だけど、でも、なんで?
友香と二人、頭の上にはてなをいっぱい浮かべて戸惑っていると、浅野さん、太巻きを取り出し、わざとらしく、ちょっと小首を傾げて考えるかのようなフリ。
「え〜っとぉ〜 今年ぃの〜 恵方ぅはぁ〜」
椅子の方向を調整し、座り直して、太巻きをつまみ上げ、何かを祈るようにつぶやいた。
――黒瀬くんと付き合えますように。
一番近くにいた私の耳にはそう聞こえた。そして、もちろん、私の席から今年の吉方位には、その黒瀬くんの姿があるわけで。
浅野さん、おもむろに太巻きの端を口にくわえて、
はぐはぐ・・・・・・
本当に食べ始めちゃうし。
はぐはぐ・・・・・・
節分の恵方巻きを食べるときは、包丁で切っちゃダメで、長いままで食べなくちゃいけないし、吉方位を向きながら、食べ終わるまでなにも言葉を発することなく食べきらなくちゃいけない。
浅野さんは、その作法に従って、無言でその長い太巻きを口にくわえ、端からゆっくりと咀嚼して飲み込んでいく。
見た目が派手な女子。その女子が長い太巻きを口にくわえ、もぐもぐと食べていく。その姿は・・・・・・
「なんかエロいな」「エロいわね」
周りの女生徒や男子生徒たちの好奇の視線が浅野さんに集まり、口々につぶやいていた。


奇妙な姿の浅野さんばかりに目が行っていたけれど、その浅野さんが太巻き越しにしっかりと見つめる先では、女子たちの間で学園の王子様と称えられる黒瀬くんがそのアイドル顔負けの笑顔で浅野さんのことを眺めていて、声援を送ってくれている。
「がんばれー、もう少しで半分だ」
その声援に力をもらったのか、すこし咀嚼する速度が増す。顔を真っ赤にして、潤んだ目で黒瀬くんのことを見つめている。それでも太巻きを食べるのはやめない。
周りからますます聞こえてくる『エロい』とか『卑猥』とかいう言葉には一切耳を貸さず、浅野さんは黙々と太巻きを食べ続けるのだった。
なんだか、一緒の席でご飯を食べている私たちまで注目されているような気分。そんなはずないのにね。とにかく落ち着かない。お弁当に箸がのばせられない。さっきからお腹がグーグーなっているのに。
それは友香も同じようで、ぽかんと口を開けて、浅野さんことを見つめるばかりで、全然箸が進んでいなかった。


結構な時間をかけて、浅野さん、ついに太巻きを一本丸々食べきってしまった。
「み、水ぅ〜 水ぅ〜」
そう言いながら、手探りで探り当てたのは私のジュース。私に断ることもなく、一気に飲み干す。
「ぷはぁ〜 やっぱ、お寿司にはオレンジジュースよね。って、そんなわけあるかぁ!」
つまらないことを一人で言って、一人でつっこんで、ケラケラ笑いだすし。なんなんだろう、この人?
ようやく、一息ついた様子で、浅野さんがお弁当のおかずに手を付けていると、
「なんかすごかったな。初めて見たよ、弁当に巻きずし丸々一本ってヤツ」
思わず箸につまんだばかりシュウマイを落っことしそうになってしまった。
見上げると、さっきから吉方位の方角に遠く見えていたイケメンの横顔が至近距離にあって。
「ふふふ、そう? 今日は節分だからね」
若干、赤くなりながらも、浅野さん、しっかりと受け答えしている。そして、そのまま、二人は楽しそうに会話を続けるのだった。まるで、そこに私も友香も存在していないかのように。二人だけの会話を。
うん、でも、いつも遠くから眺めているだけだった甘いマスクが目の前にある。とろけるような甘い声が耳元で聞こえる。
こ、これはこれで、結構幸せかも・・・・・・


帰りのショートルームが終わり、帰り支度をしながら考えていた。
頭の中にいつも行き帰りに見かける近所の住宅地図の看板を思い描き、当てはめる。西公園の隅のブランコあたりからなら、たぶん、あいつの家のある方角が・・・・・・
私が小学校のときに越してきて以来の幼馴染みで、いつも顔を合わせるたびに喧嘩ばかりしてて、でも時々、すごく頼りになって。全然、黒瀬くんみたいに格好よくはないあいつだけど、でも・・・・・・
「部活行ってくるね」「ああ、うん。いってらっしゃーい」
友香が振り返って、笑顔で手を振ってくるのに、同じ笑顔で手を振り返しながら、頭の隅で考えていた。
――きっと帰り道にあるあそこのコンビニなら、売ってるよね?


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2016年01月24日

しゃっくり




――ひっく
周囲から伝わってくるノートをシャーペンの芯がこする音の合間に、かすかな異音がどこからか聞こえてきた。
ここは午後の教室の中、冬型の気圧配置で北風が強く、どんよりと曇った空が望めるガラス窓がわずかにカタカタ鳴っている。そんな中で、また、
――ひっく
かすかな、かすかな音。これは・・・・・・しゃっくり?
振り返った。俺のすぐ後ろ、この列の最後尾の席で、三村が俺につむじを見せて、黒板に書かれた文字をノートに書き写している。ボブの髪の影が手元をわずかに陰らせている。そして、受験を控えた兄がいるとかで、最近、いつもしているマスクの白さが目に飛び込んでくる。
顔を上げた。目が合ってしまった。だが、すぐに、感情のうかがえない視線は俺からそれて、黒板の方へ向かう。それにつられて、俺も前を向いた。
おっと、いつの間にか、教師が新しい文章を黒板に書き足しているじゃねぇか。
俺は慌ててそれを自分のノートに書き写すのだった。


あれ、そういえば、さっきからヘンな異音が聞こえなくなっているな。
そんな気がして、さらによく耳を澄ませると、途端に、
――ひっく
間違いなく、後ろの席からだ。先ほどよりも抑えた音量だが、まだしゃっくりは止まっていない。
そういえば、さっきの昼休みの後、大野たち同じ部のやつらと食堂で昼食をとって教室に戻ってくると、今は教室の前の方の席でおさげの髪を揺らしながら真面目な態度でノートをとっている清水が三村にちょっかいを出していたっけ。
今思えば、背後から急に大声を上げたり、脇をくすぐってみたり、ヘンな姿勢でジュースを飲まそうとしていたような。
黒板の前では、教師が教科書の記述を解説して、黒板に書いた文章に赤線を引いている。
機械的にそれを真似して、赤ペンを取り出して・・・・・・
――ひっく
つい、笑みをこぼしてしまった。
たぶん、今、後ろを振り返ってみても、さっきみたいにすまし顔で俺のことを無視するのだろうな。それが分かっていても、振り返らずにはいられない気になる。
どんな顔でしゃっくりをしているのだろう?
やっぱ、赤くなっているのかな。マスクの奥で、だれにも気づかれないようにと秘かに。
見てみたい。でも、俺は必死に自制した。結局、振り返るなんてことはしなかった。
――ひっく


ポケットをまさぐる。あった。
朝、登校前にコンビニで買ってきたソフトキャンディの感触を確かめる。たしか記憶では、まだ半分以上残っているはず。
――ひっく
すこし考える。授業中に舐めたりして、教師に見つからないか。見つかって注意されないか。
たぶん、大丈夫だろう。そこまで熱心に生徒たちのことを観察しているような人じゃない。どこか自分に酔っている。熱っぽい口調だが、先達として未熟な子供たちを指導するという今の状況そのものを楽しんでいるそんな教師だ。いけるだろう。
指の感触だけで一粒取り出し、机の上に転がす。それから、ノートの最後のページを切り取って、簡単なメッセージを書く。
『やる』
ただそれだけ。そうして、そのノートの切れ端でキャンディを包んで、肩越しに後ろの席に投げ入れた。
小さく机の上で跳ねる音がした。つぎに、紙ずれの音。しばらくして、包み紙を開くささやかな物音。
もうそれからはしゃっくりは聞こえなくなった。
風が窓を揺らす音とシャーペンの芯がこすれる音と教師の解説の声だけが教室の中を漂っていた。


授業が終わり、休み時間。
机の上のノートや教科書をまとめ、次の授業のものに置き換えていると、背後で動く気配がした。
たちまち青リンゴの甘い匂いが広がり、耳たぶに温かい息が吹きかけられる。そして、俺にだけ聞こえる声で、
「ありがと」
か細い声が耳をくすぐる。柔らかく優しい声音。でも、不思議と耳に残る。
直後に、その気配は俺の横を通り過ぎて、清水の席の方へ歩み去っていった。
髪を掻き上げて、耳にマスクのひもをかけ直す指がしなやかに白くほっそりと見えた。
それを眺めながら、無意識に俺はポケットを探って、新しい一粒を取り出した。
途端に口いっぱいに甘い味が広がった。甘くさわやかな同じ青リンゴの味。そして、それは口の中で、体中にしみわたるように、時間をかけてゆっくりと溶けていった。


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2016年01月17日

走る女子




教室の窓際の自分の席から見下ろせるグラウンドのトラックを今日も小さな背中が走っている。
昨日も一昨日もその前の日も、ずっとずっと前からだ。
最初に見たのは、去年の四月の授業の最中だった。その前の冬に遭ったちょっとした事故で負った怪我の治療が終わり退院してまもなくのころだ。
昼直後のけだるい時間帯。俺にとっては謎呪文でしかない退屈な英語の授業、半分居眠りしてて、船をこぐ頭を支える左腕から予期せずカクッと力が抜けた時、ふと窓の外の様子が眼に入った。
どこかのクラスの女子たちがグラウンドを走っている。体操服を着て、ショートパンツを履いて、それぞれのスピードでトラックを周回していた。授業の一環として、持久走のタイムでも計測していたのだろう。
興味もなく、しばらく、それらの姿を眺めていたのだが、やがてペタペタと見るからに足の回転が遅い女子が走っているのに気が付いた。いや、歩いているのか? でも、その顔は苦痛に歪んでいるかのようだ。あれでも全力疾走中?
ついつい、引き込まれるようにその姿を眺めていた。
やがて、他の女子たちが定められた距離を走り終え、ゴール付近で膝に手を当てたり、力尽きて寝転がったりしている中で、走っているのは、その足の遅い女子だけになっていた。
遅いなりに一生懸命走っている女子。決してあきらめず、最後までゴールをひたむきに目指す。
次第に、その姿に同じクラスの仲間たちから励ましの言葉が贈られるようになった。もちろん、だからといって、力をもらって走りが速くなるわけでもなく、ほとんど歩いているといってもいいような速度しかでていない。
それでも、顔を歪め、息を切らせて、その女子は走っていた。
そうして、ゆっくりと時が流れて、ついにゴール。
仲間たちの拍手に包まれ、もみくちゃにされていた。


それ以来、その子は毎日昼休みの時間にグラウンドを走るようになった。
別に陸上部の部員でもないし、他の体育会系の部活に参加しているわけでもない。
ただグラウンドを毎日走っていた。時には、友達とも走っていることもあったが、でも、大体は一人で黙々と走っていた。
その光景は、次第に学校中に知られるようになった。
授業や部活でもないのに、一人で走っているのだ。目立たないはずも、注目されないはずもなかった。
次第に、グラウンドに面したそれぞれの教室からその様子を眺めるギャラリーたちが増え、中には、わざわざ窓を開けて、声援を飛ばす生徒たちも現れてきた。
でも、だれも、彼女が毎日グラウンドを走る理由を知るものはいなかった。問われても、彼女はなにも答えなかった。ただ、静かに微笑むばかりで、昼食を取り終えると、体操服に着替えるために女子更衣室へ向かうのだった。
そんな状態がひと月も続いただろうか。
やがて、その女子生徒の昼休みのランニングは日常の風景になり、もうだれもそれに注目を向けたりしなくなっていた。
そうして、夏になり、秋になり、冬になっていた。


「おっ、今日も走っているな」
「だな」
昼食を取り終え、自分の席で寛いでいると、隣の席で、同じ部活の井上が声をかけてきた。井上は、そのまま自分の席につくと、カバンから、登校途中のコンビニで手に入れてきたマンガ雑誌を取り出し、ページを開く。
その姿を眼にして、今日発売の別のマンガ雑誌を買ってきていたのを思い出し、俺もカバンの中に左手を入れて、持ち上げた。分厚く、重い。危うく滑り落としそうになりながらも、何とか取り出し、机の上に置く。それから、お気に入りの連載に目を通し、やがて、閉じた。
「ちょっとトイレ」
「おう、行ってら」
別に断る必要もなかったが、まだ自分のマンガ雑誌を読みふけっている井上にそう声をかけて、俺は教室を出た。そのまま、トイレとは逆方向にある階段の方へ歩きだし、階段を下りる。
体育館の裏の自販機で紙パックのジュースを買って、元来た道を歩き始めた。特別校舎の角を曲がって、生徒全員分の靴箱の並んだ昇降口の横を通り抜ける。立ち止り、掲示板を確認する。生徒会からのお知らせがある。それを読みふける。
――パタン
昇降口の方から靴を履き替えるような音が聞こえてきた。すぐに、パタパタかける足音が迫ったきて、
「はぁ、はぁ、はぁ」
「おつかれ」「うん」
「ほら、ジュース」
「サンキュー。って、これグレープじゃん。私、オレンジがいいのに」
「文句言うんなら返せよ」「やだ。飲むもん」
チュ〜とストローで吸う音が聞こえてきた。そして、
「ハァ〜 おいしぃ〜」
ひとごこちついた声が聞こえてくる。
「そうか、それはよかった」


「だいぶ速くなったな」
「でしょ」「ああ」
「毎日走っているもん」
「よく続くもんだ。感心するよ」
「そう? 別に大したことじゃないし」
本当になんでもないことを言っているかのような口調だ。
毎日、休まずにコツコツと努力を続けている。だからといって、誰に褒められるわけでもなく、だれかに認められるわけでもなく。
「俺には真似なんてできないよ」
「そう?」
謎めいた微笑を俺に向けながら、空になったジュースのパックを不意に俺の左手に押し付けてくる。それをしっかりと受け取った。
「捨てといて」
「自分で捨てて来いよ」
文句を言いながらも、結局、それを近くのゴミ箱にもっていくのだった。
その様子を背後から何か言いたげに眺めている。
「なんだよ」
「ううん。去年の春には、握力なんてなくて、全然モノもつかめなかったのにね」
「はて、なんのことやら・・・・・・」

去年の今頃、家の近所の道路で交通事故が起きた。居眠り運転のトラックが車線をそれて、たまたま通りがかった歩行者たちをかすめて道路脇の塀にぶつかって止まった。幸い、その事故で死人は出なかったが、トラックがかすめた歩行者たちは脚や手に大怪我を負った。

「私が努力できるのは、努力しているのが私だけじゃないって知っているからだよ」
妹は俺にだけ聞こえるようにそうつぶやきつつ、明るい笑顔だけを残して、かすかに足を引きずりながら、着替えのために女子更衣室へ向かっていった。
「あ、そうだ、お兄ぃ。今度の練習試合、私、応援に行くからね。覚悟しといてよ。いっぱい大声でがんばれって言っちゃうから。それと、やっと出れるようになったんだね。よかったね」
「お、おう」
左手に視線を落とし、それに力を込めて握りしめた。爪が掌に食い込む痛いくらいの感触に視界がにじむ。それでも無理に笑顔を作くろうとした。そして、もう一度、左手を握り直しながらはっきりと告げた。
「おう」


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posted by くまのすけ at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする