2015年11月29日

冬の朝の夢




「あっちいけ! ブス、ブス、ブサイク!」
「こっちくんな! ばい菌がうつるだろ!」
「しっしっ! 向こういけ!」
ランドセルを背負った女の子が、道端でうつむいてポツンと立ち尽くしている。次々にそばを通り過ぎる男子小学生たちが、その子に悪口を投げかけていく。
肩が震えている。光るものが足元へ向かって落ちていく。かすかに嗚咽のようなものが聞こえる。
僕は、それをすぐそばで眺めながら、なにも言えずに、顔をそらせた。
ようやく、小学生たちがあらかた通り過ぎて、周囲から子供の姿が消えたころ、かすかな声が耳に届いた。
「行こう、ヨッちゃん」
柔らかく優しい声。悲しみを必死にこらえた声。その声を耳にしただけで、胸の中がいっぱいになった。
「ああ」
「いつも私と一緒で、嫌な思いさせてごめんなさい」
「いや、いいよ、そんなの」
「でも・・・・・・」
「いいって。そんなことより・・・・・・」


そこで、ハッと目が覚めた。すぐ枕もとで、じりじりと目覚ましが鳴っている。
ボーっとした頭で腕を伸ばし、目覚ましを止める。途端に、今見た夢の内容が再び浮かんだ。
――そうだ、あのとき・・・・・・
小学校の時、俺には毎日学校へ一緒に通う同い年の幼馴染みがいた。隣の家の美鈴。チビで、気が小さくて、こわがりで。いつも俺の後ろをついて歩いてばかりで。学校でも友達と呼べるような相手もおらず、いつもひとりぼっちだった。そのせいか、なかなかクラスになじめない様子だった。
そして、気が付いた時には、美鈴はクラスでいじめにあっていた。
最初のうちこそ、俺も何とかしようと、悪口をいうのを暴力に訴えてでもやめさせようとしたのだが、クラス中を敵に回して大立ち回りをしても、多勢に無勢でどうにもならず、毎日ボロボロになって家に帰った。
だけど、どういうわけか、そんな俺の姿に気が付いた親や先生たちは、クラスでいじめられているのは俺だと認識してしまった様子で、しばらくしてなぜか俺だけが保健室に隔離されたのだった。
俺はいじめられてなんかいないと抗議しても信じてもらえず、腫れ物にさわるような優しげに見えるだけでしかない作り笑顔で親や先生たちは接するばかりだった。ほとんど軟禁状態。教室に戻ることもできず、ただ俺は保健室で美鈴の身を案じているしかなかった。


それでも、俺と美鈴は毎日学校へ行くのだけはやめなかった。
もちろん、親や先生のいないところで、クラスメイト達が美鈴のことを侮辱するのがやんだりすることもなかった。
いつしか、俺は美鈴の目からこぼれる涙を見ても見ぬふりをするようになり、美鈴のためにクラスメイトたちに暴力を振るうこともなくなった。美鈴からこれ以上引き離されたりしないように俺はそうした。それは美鈴自身の願いでもあった。
そうして、あのとき、俺は・・・・・・
隣で、声を殺して泣いている美鈴に、
「お前は全然、ブスなんかじゃないからな。むちゃくちゃかわいいし、ブサイクなんかじゃないからな」
そう声をかけたのだった。
「――ウソ。私、ブスだもん。可愛くないもん。チビで、どんくさいし、のろまだし」
いっそう大きく肩をふるわせ、いやいやをするようにそうわめき返してきた。
「いや、本当に可愛いって。うん。本当に」
それは、俺の本心からの言葉だった。本心からそう思っていた。だから、その言葉は、当時の俺にとっての勇気を振り絞った言葉だった。だけど、
「ウソだもん。そんなのウソだもん!」
美鈴はまったく俺の言葉を信じようともせず、頭を振るばかりだった。だから、
「本当だって。本当だから、その証拠に、俺、大きくなったら、美鈴をお嫁さんにしたい! いや、絶対、お嫁さんにするつもりだ!」
道の真ん中で大声で叫んだっけ。周りに通行途中の大人たちがいるっていうのにな。
そのとき、美鈴はどんな反応をしていたっけ。
今となっては、全然、思い出せない。


「つうか。うわっ な、なんで今頃になって、こんなこと思い出すかな。ずっと忘れていたのに」
枕に顔を押し当てて、俺は身をくねらせる。頭が痛むように、顔をしかめる。
とっくに忘れていた遠い記憶だった。きっと、それは美鈴自身も同じだろう。もう覚えてなんかいないだろう。
「うう・・・・・・」
軽くうめき声を漏らして、ベッドから抜け出した。
めっきり寒くなった師走の朝。遅い日の出に照らし出された洗面台に立って、顔を洗う。水も切れるように冷たい。おかげで目が覚めた。
着替えて朝食をとり、テレビを眺めながら、出勤の時間を待つ。
あの後、間もなく美鈴は引っ越していったっけ。引っ越しが決まったとき、俺はすごく悲しかった。美鈴と別れたくはなかった。けれど、それ以上に、美鈴のためにも心の底からホッとしたのを覚えている。もう、これで美鈴がいじめられなくなる。よかったと。
そうして、美鈴の姿は俺の生活の中からなくなった。


――あれから、あいつ、どうしたのだろう? 転校先でちゃんと新しい友達とか作ったのかな?
一度だけ、美鈴から手紙が届いたことがある。わずか一枚の便せんに書かれた俺への手紙。どんな風に書いてあったかは忘れたが、俺への感謝の言葉と向こうでも元気でやっているというようなことが書かれていたのを覚えている。
それはホントのことなのか、それとも、俺を安心させようと無理して書いて寄こしたのか、今となっては分からない。
手紙が届いた翌年には俺も親の仕事の都合で引っ越すことになった。もちろん、あれ以来、美鈴に会ったことはない。たぶん、もう美鈴と道ですれ違ったとしても、その人が美鈴だとは気が付いたりしないだろう。
そういえば、あの手紙どこにやったかな?
思いついて、俺は自室へ戻った。まだ時間があったので、あちこちひっくり返して探すと、どういうわけか、意外と早く目的のものが見つかった。
見覚えのある子供っぽいつたない字が便せん一面にびっしり並んでいる。
俺への感謝の言葉と『こっちでは元気でやっています』なんていう文字が並んでいる。
懐かしさで頬が緩んだ。
文中には、新しくできた友達のことも書いてある。
一文字一文字が踊るように、楽しげに並んでいる。文字たちが愉快に語り合っているようだ。たぶん、これを書いた時の気分がそのまま文字になっているのだろう。
どこかホッとした気分で、俺はその便せんを入っていた封筒に戻そうとした。だが、ふと手が止まってしまった。その市販品ではない手作りの封筒の中にもなにか文字が見える気がする。
不意に、恥ずかしげに笑っていた美鈴の幼い笑顔が頭の中に浮かんだ。
緊張すると、途端になにもいえなくなる性格。控えめで、恥ずかしがり屋で。
俺ははさみをつかって丁寧にその封筒を開いた。そして、そこに書かれていた文字に目を通した。美鈴の字で書かれたその文字を。


――次の休みの日にでも、この町へ行ってみようかな。
封筒に記された住所を眺めながら、俺は静かに笑っていた。


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2015年11月22日

また一枚、落ち葉が降り積もる




家の門扉を開け、俺は朝露に路面が濡れた道路へ飛び出した。
早朝のジョギングを日課にしたのは、この町にもどってきてからだ。
近所の路地で何人かのウォーキングの人や犬の散歩中の人たちとすれ違い、何度も『おはようございます』の挨拶を交わして、いつものように、河原の土手へ続く道へ向かう。
その舗装もされていない並木道は、今朝も多くの葉を降り積もらせ、路面を真っ赤に染めていた。それでも、木々にはなお残る葉も多く、ここ数日で急にひんやりとしだした風に、こずえを揺らしている。
濡れて滑りやすくなった道を踏みしめながら、ゆっくりとしたペースで走る。
枝々の間からこぼれる朝の柔らかい日差しが、まだらに着ているジャージを染め上げる。
心を落ち着けるような枯れ葉の独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
そうして、俺は、大きくて白い息の塊を吐き出しながら、落葉に埋もれる道を走り続けた。


子供のころから、この町に住んでいた。そして、小中高校と、この道を通学路にしていた。
ランドセルを背負って、中学の制服を着込んで、高校の部活のジャージをきて、俺は通っていた。
そして、その十二年間、俺は愛香と同じ道を歩んでいた。それだけでなく、最後の二年間は通学の自転車の後ろには、いつも愛香の姿があった。小さな手で俺の背中に捕まって、楽しそうに笑っていた。
春、桜のピンク色に染められた道が、夏の日差しに焼かれて灰色に乾き、落ち葉で真っ赤になる秋、そして、白く化粧が施される冬。
この道のその時々の季節の変化を、俺は、俺と愛香は何度も何度も一緒に眺めていた。
ずっと・・・・・・


土手の坂を上り切り、振り返る。
足元から木々が遠くに見える俺たちの町の方へ向かって並んで伸びている。
両側の田んぼには泥と切り株以外なにもなく、ただ障害物のない広々とした世界を風が吹き抜けていく。
前方では、冷たい河の流れが行く手を遮り、上流に小さく見える国道の鉄橋まで行かなくては渡ることはできない。
そちらの方角へ向かって、足を進める。
土手の上のアスファルトの路面をジョギングシューズが踏みしめるしっかりとした感触に、すこしだけ愉快な気分を感じた。


地元に残って就職した愛香をおいて、俺は都会の大学へ進学した。
あの時、冬のなごりの濃いこの道を俺と並んで駅まで歩いた愛香は、すごく饒舌だった。たわいもない話を延々としゃべりつづけ、ころころと一人で笑いつづけた。
まるで、黙るのが怖いとでもいうように、ずっと口を動かし続けていた。笑顔を続けていた。でも、その間、ただの一度も俺には触れようとはしなかった。
改札を抜け、ほどなく電車が到着し、俺が中に消えようとしたとき、袖に手を伸ばそうとしていたようだ。でも、それを途中でとめ、顔を伏せていた。
空気の抜ける音とともにドアが閉まるとき、一瞬なにか言いかけた。けれど、結局それを俺は音としてとらえることはできなかった。
愛香は口をつぐんで首を振った。一人ポツンとホームに立ったまま、胸の前で手を振って、動き出す電車を見送っていた。決して、笑顔を崩すこともなく。


そのまま都会で就職し、たまにこの町に帰省してきても、もう愛香と会うことはなかった。
次第に仕事が忙しくなり、重要な案件を任されるようになると、この町へもどってくる頻度もどんどん少なくなっていった。
なにもかも忘れて、仕事に没頭し、ただの案件処理マシンになって、次から次へとノルマをこなしていく。
毎日があっという間に過ぎ、一日が二十四時間であっても足りない日々を過ごす。
次第に、心と体に疲労がたまり、体調の不良が俺を襲った。
なにかの拍子に集中力が途切れる瞬間が訪れ、そんなときに決まって、なにかの陰が俺の視界に浮かぶようになった。
柔らかい明るい光に包まれた木々の陰。
カサカサという幻聴と温かい笑い声が、かすかに鼓膜を震わせる。
肌の表面をなでる冷たい空気の感触が蘇る。
そのすべてがありありと五感で感じとることができたとき、俺は悟った。もう耐えられないと。


俺は仕事をやめた。
地元で新しい職こそ見つけたが、することもない俺が、この町に戻ってきて始めたのが毎朝のジョギングだった。
あの幻の木々の景色にも似た並木道を俺は今日も走り、河の流れにそった土手の道をかける。
あんなにも小さかった上流の橋が次第に大きくなってくる。
鉄橋の上の道路をひっきりなしに行き交う車のエンジン音が耳に届く。
往来する人々には今日すべきこと、やらなくてはいけないことがあって、だれもがこの橋を急いで渡っていく。
俺は・・・・・・
鉄橋の歩道の欄干に手を置いて、ゆっくりとストレッチをしながら、息を整える。排ガスくさい空気を肺いっぱいに吸いこんで、吐き出した。
立ち止ったまま、車を眺めた。背を伸ばすようにして車たちの向かう方角を望見した。
もちろん、なにも見えなかった。いくつかの信号機と道路の標識が見えるだけ。
橋の向こうの景色も、そして、こちら側の景色も同じ。どちらに進んでも、一緒。
目を閉じて、開ける。
そうして、また小さく息を吐いて、車の行き交う道路に背を向けた。
――でも、今はまだそれでいい。
ゆっくりと来た道を引き返す。自分のペースで慌てずに。
焦らずに。
ゆっくりと。
いつか木々の葉がすべて落ち、地面の隅々まで日差しの届く世界で何かを見つけることもあるだろう。その時までは――


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2015年11月15日

注射が怖い




今年、兄貴は受験生だ。
今まで一度も家で勉強している姿を見たことがなかったあのサッカーバカの兄貴が、最近では、毎晩遅くまで、二階の自分の部屋で勉強しているようだ。
おかげで、私たち家族も邪魔にならないように気を使っている。だからって、なんで私たちが居間で会話するときまでも小声で話さなきゃいけないんだか。親たちの気の使いようって、なんだかなぁ〜
それだけ、長男には期待しているってことか。
でも、あのプレッシャーに弱いバカ兄貴のことだから、こんな風に家族が息をひそめるようにしていれば、かえってストレスに感じて、うまくいかないんじゃないかしら。
「はぁ〜」
肩がこるばかりの生活にため息ばかりが出る。そんな中でも、私に癒しと潤いをもたらしてくれるものといえば・・・・・・
「お姉ちゃん。絵本読んで」
ちょうど私の部屋にやって来たのは、妹の美知留。
うん。いつ見てもすごく可愛い〜 ラブリ〜♪ マイ・エンジェル♪


学校から帰って、着替えて、居間のテレビで美知留と一緒に夕方の子供向けアニメを見ていたら、兄貴が居間に入ってきた。
「ああ、お前ら、ここにいたのか」
「うん。いたよ。そっちは休憩?」
「ん? ああ、まあな」
そう言いながら、ソファーの私の隣に強引に割り込んでくる。
「って、ちょっと、なんなのよ。汗臭い体近づけないでよ」
文句を言うのだけど、そんなの無視して、私に耳打ちしてくる。
「さっき、お袋から電話があって、今晩、これからインフルエンザの予防接種の予約が入ってるから、美知留にバレないように診療所に連れて来いって」
ハッとなって振り返る。予想よりもはるかに近くに兄貴の顔がドアップでそこにあって、思わず、のけぞる。って、そんなことより、
「予防接種? 兄貴が受けるの?」
「バカ、みんなだ。家族全員」
「ええ〜 なんで。面倒くさっ!」
途端に呆れた顔で、
「あのな〜 もし俺の試験の直前に、だれかがインフルエンザにでもなったら、どうすんだよ」
「あ、う」
「俺に受験失敗しろっていうのかよ」
「・・・・・・」
「大体、あと2年もすれば、今度はお前の番なんだぞ。分かってるのか?」
「・・・・・・」
軽率なセリフをちょっと反省。けど、
「って、ことは、兄貴、そのときは、ちゃんと予防接種受けてくれるんだよね?」
「えっ? なんで? 面倒くさいよ」
「兄貴〜っ!」


「って、本気で殴んなよな。冗談に決まってるだろ。いてて・・・・・・」
「だって・・・・・・」
唇を尖らせる私に、いたずらっぽく顔をしかめて見せる。あごに手までそえて。キリッ。
たぶん、本人的には、一番決まっているポーズのつもりなんだろうなぁ〜
くぅ〜 またなぐりてぇ〜!
そんな物騒なこと考えている私に気が付きもせず、テレビに夢中になっている美知留の背中を指さす。
「あいつ、去年、診療所で大泣きして、看護婦さんや他の患者さんに迷惑かけただろう。だから、うまく騒がないように、俺たちが連れ出して来いってさ」
そう、去年も、この時期、予防接種を受けようとしたとき、美知留激しく嫌がったっけ。『怖い』って。『嫌だ』って。
看護婦さんと私たちが三十分以上かけてなんとかなだめすかして受けさせたけど、小学生以下の子供は二回接種が基本。あれが二回もあったんだよなぁ。
思い出してもうんざりする。それは隣の兄貴も同じようで。
「はぁ〜 また今年もあれ、繰り返すのか」
そうして、二人で苦笑しあうのだった。


診療所の待合室に三人で到着すると、すでにお母さんが来ていた。仕事帰りで直接来たから、スーツ姿。普段、家では見慣れないから、見違えるほどシャキッとしている。
「ああ、来たわね。先に順番とってあるから、すぐに回ってくるわよ。それと家でちゃんと体温計ってきた?」
「うん。計ってきたよ」
三人分の体温を告げたら、手元にある三枚の問診票にその数字を書き込んだ。そして、それを受け付けのカウンターにもっていって看護婦さんに手渡す。
そこから戻ってくる途中で、
「あら、お久しぶり。その子、千代子のお子さん? 可愛いわね。こんにちは」
「まあ、葉子じゃない。ひさしぶり。うん。末の娘よ」
偶然、お母さん、知り合いと会ったみたい。さっきからお母さんのスーツのズボンの陰に隠れるようにして、付きまとっている美知留に気が付いて、腰をかがめて微笑みかけている。けど、あの女の人、どこかで見かけたことがあったような。どこで?
「よお、博人も予防接種か?」
「お、直行。そっちもみたいだな」
「ああ、まあな。お袋も一緒だけどな。ほら、あっちで、お前の母ちゃんとしゃべっているだろ」
兄貴の方は兄貴で、友達を見つけたようだ。って、その友達って・・・・・・直行さんっ!
え、あ、ど、どうしよう。えっと、私、ヘンじゃないかな? だらしない格好してないよね。髪型がくずれてたりとか。だ、大丈夫よね。ちゃんと出かける前に、鏡の前で入念に確かめたし。
「おっ、妹さんも。こんにちは」
「こ、こんにちは」
どうしても頬が熱くなるから、直視できない。笑顔がまぶしい。
秋に引退するまで兄貴と同じ部活に所属していて、一番、兄貴と気が合った友人。親友。背が高くて、すらっとしてて、体が引き締まっていて、手がゴツゴツして、大きくて。
たまに、街で兄貴と並んで歩いているのを見かけたことがあったけど、いつもそのたびに、気さくに声をかけてくれた。
私の憧れの・・・・・・
「おい、ぼうっとして、どうした?」
「あ、う、ううん。なんでも・・・・・・」
とにかく、笑顔、笑顔。でも、油断すると、顔がにやけちゃう。だらしなくなっちゃう。
こんなに近くで、格好イイ直行さんがいて、話かけてくれて(兄貴にだけど)。素敵な笑顔が見られて・・・・・・ もう、幸せ!
「あ、そうか。そういや、そうだったな」
「ああ、まあな」
直行さんの顔を盗み見るのに夢中になってて、二人の会話に注意を向けるのがおろそかになっていた。
あはは、なにやってるんだろう。けど、本当に、イケメン。どこぞの身近にあるバカ面とは大違いだわ。どこが違うんだろう? ううん。全部違う。
けど、でも、不細工な方にあるパーツは、いくつか遺伝的には私にもあるはずで・・・・・・
ううん。違うわ。全然違う。だって、全然似てないもの。うん。絶対似てない。似てないったら、似てない。
そういえば、こないだ、兄貴と一緒にいたところを友達に見られて、そっくりだって爆笑されたなぁ
ううん、そんなはずないっ! 全然違うわ。似てなんかいないわっ!
そんな風に、心の中で、全力で血のつながりを否定していたら、突然、
「ああ、うん。大丈夫だから。うん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
甘い声で、私の耳元にささやいてくる男っぽい声。
見返してみると、どアップでイケメン顔が。しかも、いつのまにか、しっかり私の手をにぎってくれてたりなんかして・・・・・・
――ポッ
顔から火が出そう。まあ、大変、この診療所、火事になってしまうわ。
けど、なんて大胆な。こんな人目の多いところでそんなに激しく求められたら・・・・・・ 私、思わず目をとじて、唇を尖らせてしまって。
「すぐに終わるから、怖くないよ。全然」
「へっ?」
「予防接種なんてあっという間だよ。うん。注射なんて怖くない。全然怖くない」
「・・・・・・」


「よかったな。あの直行に励ましてもらえて」
「えっと・・・・・・」
「しかも、手まで握ってもらえた上に、最後、頭までなでられてな」
「・・・・・・」
爆笑寸前って顔で、私の顔を覗き込んでくる。
「今日、一緒に昼食ってるときに、予防接種の話になって、去年の美知留のこと話したからなぁ それでだな。あいつ、妹がもうひとりいるって気が付いてないみたいだし、俺も教えてないし」
「・・・・・・」
「けど、その年にもなって、注射が怖いってな。笑えるよな。ぷぷぷ」
「ば、バカ兄貴ぃ〜!」


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