2018年05月20日

先頭の特権




朝食時、つけっぱなしになっているテレビから数時間前に入ったばかりの最新ニュースが流れ出てきた。
ヨーロッパのどこかの国であった表彰式のニュース。世界的に権威がある工業デザインの国際賞で日本人が最優秀賞を受賞したという。
「あれから十五年も経つのか」
十五年分の年齢を重ねた顔が、思い出の中と同じ笑顔でテレビ画面から笑いかけていた。
コーヒーの入ったマグカップを持つ手がとまった。そして、あっという間に懐かしいあのころに戻った。



「中島…… 中山…… 西川……」
黒板の前の教壇では数学の教師が先日の定期テストの答案を返却している。
すでに俺の答案は返却されており、右上に書きくわえられている赤ペンの数字に視線をやるたび憂鬱な気分になった。
「もっと気合いを入れて勉強しておくべきだったな」
今さら後悔しても遅い話だ。
「梶谷、どうだった?」
教師から答案を受け取り、自分の席へ引き上げる途中で、野村が声をかけてきた。
「そんなの見りゃ分かるだろ」
「ああ、そっか」
俺のどんよりとした声とは対照的に、野村の声は明るい。
「そっちはよかったのかよ?」
「ん? ああ、まずまずかな」
「何点だったんだよ」
それなりによかったと言っているヤツの点数を把握したところで、さらに落ち込むだけだって分かり切っていたこと。でも、一応、尋ねておく。友人なんだし。
それに、どうせ、そうやすやすとは見せようとはしたりしないはずだしな。
「ほら」
意外にもすぐに俺の前に野村の答案が現れたんだ。よっぽどいい点数で自慢したいのかよ。
けど……
「なんだよ、俺よりも点数悪いじゃんかよ!」
「えっ? ああ、だからまずまずだろ」
「まずまずじゃねぇだろ……」


あまり芳しくない点数をとって落ち込んでいる俺。それよりも低い点数なのにケロッとしてやがる野村。どういうことだ?
むしろ、俺以上に凹んでいるべきなんじゃねぇのかよ!
「大丈夫かよ? もっと頑張らなきゃいけねぇんじゃねぇのか?」
「まあな。がんばらないとな」
そう言いながらも白い歯を見せてからっと笑っていやがった。
「親に怒られないのかよ?」
「ん? なんで? 怒られるんだ?」
心底不思議そうに首をひねってやがる。
「そんな点数なら、親怒るだろ?」
すぐに答えが返って来た。
「いや、別に」
「なんだよ、それ」
呆れるしかない。うちの親とは大違いだ。
「うちの親、こんな風に間違えたり、迷ったりするのは、特権だって言ってるぜ」
「はぁ? どこがだよ」
特権って。お前んちは俺の家と大して違いのないごくごくフツーのサラリーマンの家だろ?
怪訝そうな表情がでていたのか、したり顔でしゃべりはじめた。
「群れの中にいるヤツは、前のヤツや周りにいるヤツに合わせたり、真似したりするだけでいい。迷ったり間違えたりなんかはしない」
そうして、野村はまっすぐに前を指さす。
「だから、群れの先頭に一人でいるヤツだけが、迷ったり間違えたりできるんだってさ。先頭にいるから、だれもそいつを導いたりできない。自分で試行錯誤するしかない」
そうして、自分の答案をしげしげと眺めて、そして、また笑った。
「迷ったり、間違えたりしている人間は、それはつまり群れの先頭にいるってことさ」
「どんな屁理屈だよ」
本当に呆れるしかない。



テレビの画面の中で白い歯をこぼしながら十五年分の年をとった野村が受賞のスピーチをしている。
『これまでいっぱい迷って間違えて、やっとここまで来ることができました。支えてくれたみなさんに感謝です』
この十五年間、あいつはあいつなりに、いっぱい迷って間違えてきたのだろう。それはつまり、あの日あいつがああ言っていたように、ずっと先頭を走ってきたのだろう。
そして、俺はずっと周りに合わせて、迷わないように間違わないようにしてきたように思う。全然、群れの中にいたつもりなんてなかった……
画面の中であいつが笑っている。ずっと先頭を走って来たと柔和な視線で語っている。
俺は……
ふたたびマグカップを持ち上げて、コーヒーをがぶりと口に含んだ。口一杯に熱さと苦みが広がった。
「あちっ」
やけどしそうになりながら、それでもどこか心地いい気分になっていた。
「そろそろ俺も迷って間違えてみるか」
そうつぶやいたら、自然と笑みが広がった。


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posted by くまのすけ at 17:18| Comment(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

よりすこし知るために




「ほら、お父さんもゴロゴロしてないで、掃除ぐらい手伝ってよ」
「別にいいだろ、一日や二日掃除なんてしなくても死にやしない。第一、連休中だろ」
「また、そんなこと言って」
今日も両親はリビングでいつもの掛け合いをしている。
ソファーの上でグダーとくつろいでいる父、掃除機を引っ張りながら家中をめぐる母。連休中でなくたって年がら年中いつでも見られる光景だ。
「本当、男の人ってしょうがないんだから」
母はあきらめのこもったため息を吐くようにしてから、リビングの掃除を始めた。


「優おじさん」
あと残り一年と二か月を切ったとはいえ、まだまだ二十代である俺に『おじさん』とは、ひどいことを言う姪のなつめだ。ちゃんと訂正しておかなければ。
「優お兄さんな」
「優おじさん」
すかさず返って来た。
はぁ〜 姉ちゃんの教育って一体どうなってんだよ。
「で、なに? お兄さんになにか相談か?」
「うん。こないだデートしてて彼氏と喧嘩したんだけど」
「えっ? なつめ、もう彼氏いんの?」
「うん、いるよ」
お義兄さんがきいたら、血の涙流しそうなことをあっけらかんと。
なんともはやだ。
「でね。デートの最中なのに、スマホばかり気にしてて、全然私の話聞いてくれなくて、もう頭きちゃってね」
「ああ、うん。まあ、あれだな」
「ありえなくない」
「ああ、えーと」
「カノジョがおしゃれして、一生懸命話しかけてるのに、無視してスマホでサッカーの試合見始めるって、もうなんなの!」
なつめは頬を膨らませている。というか、俺に愚痴を聞いてほしいのかな?
「なんで、男子ってああなの? バカなの? なに考えてるの?」
「ああ、うん。なに考えてるんだろうな」
俺がなつめぐらいの年のころって何を考えていたっけ?
もちろん、そのころには彼女なんていなかったし、デートなんてしたこともなかった。
正直、今の子がうらやましいなとは思うな。いや、むしろ、なつめが特別なだけか。
そんななつめも頭を抱えて、うなっていた。
「もう全然わかんない。理解不能よ」


「まあ、そうだろうな」
俺はリビングの方に視線を送りながらボソッとつぶやく。
「えっ?」
「男が女を、女が男を完全に理解できるなんて絶対にありえないから」
「そうなの?」
「ああ。ほら、リビング見てみな」
リビングでは両親(なつめの祖父母)たちがまだ言い合っている。
「あれでも、出会ってから交際三年、結婚してから三十数年が経っているだぜ。その間に俺や姉ちゃんが生まれて。大きくなって、それぞれ独立して。それでも、お互い分かり合えずに、ああやっていつも喧嘩ばかりしてるんだぜ」
「・・・・・・」
「男と女が分かり合えるなんて永遠にありえない」
おもわず実感がこもった口調になってしまった。
連休で帰省にする前に会社の後輩で婚約者でもある茜と気まずい雰囲気になってしまった。
原因は正直よく理解していない。たぶん何かの記念日を俺が忘れていたってことなんだろう。
俺にとってはささいなことだ。だけど、茜からすると、どうなんだろう?
俺から謝罪した方がいいのだろうか? だが、なにについて? どんなふうに? 茜自身、どう思っているんだ?
わからない。どうすればいいんだ? なにが正解なんだ?
はぁ〜
知らず知らずのうちにため息がこぼれていた。


気づくと二人で揃ってため息。
お互い目があって、苦笑を交わした。
「それでも相手が何を考えてるか知りたいんだよね。たとえ解り合えないと分かっていてもさ」
なつめがぽつりとつぶやいている。自分の中にある言葉を手探りするみたいに。
「知りたいんだよね。だって、それが『好き』ってことなんだし」
顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


なつめは台所にいる姉ちゃんに呼ばれてそばを離れていく。
俺はその背を見送りながらスマホを取り出す。今一番聞きたい声を思い描いて電話をかける。
ワンコールでつながった。
「茜・・・・・・」
『優・・・・・・』
そして、俺たちは言葉を重ねた。よりすこしお互いを知るために。


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posted by くまのすけ at 16:55| Comment(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月22日

猫になりたい




校門脇の桜も散り、気温もだんだんと暖かくなってきて、四月も下旬に入ると、教室の中もどこか浮ついた雰囲気が漂う。もうすぐゴールデンウィークだ。


「あー、私、ネコになりたい」
「ネコ?」
隣の席で、サチが上半身を投げ出すように伸ばしながら愚痴ってる。
「だってさ、あの子たちって、連休中の真ん中にわざわざ学校来なくてもいいし、連休明けに中間試験なんてないし。いつも家の周りをウロウロしてて、屋根の上なんかで日向ぼっこしながら、昼寝してればいいだけなんだもん」
「ああ、ゴールデンウィークの真ん中に平日あるの鬱陶しいよね」
「でしょ。一日や二日、学校に来るだけなら、そのままお休みにしてくれればいいのに。そしたら九連休だよ。九連休」
『あーあ』なんてため息つきながら、けだるげに横たわっている。
「九連休かぁ いいなぁ」
「うちのお姉ちゃんなんか、有給とってヨーロッパだよ。パリだよパリ」
「いいなぁ」
うん、ホント、うらやましい。
「あ、でも、一週間以上もカオルに会えないのはさみしいかな」
急になんでもないことみたいに、そんなことをつぶやくし。ホント、サチってかわいい。
抱き寄せて、頭なでなでしたい。
「おいで」
「ゴロニャン♪」


散々、サチの頭髪の柔らかさを堪能してから、
「でも、ネコって、結構大変みたいだよ」
「ん?」
「避妊手術してないと、オス猫たちに追いかけまわされて鬱陶しいし、オス猫はギャーギャーうるさいし、ご飯食べる時間がとれないし、いつも近くで喧嘩してるし」
この時期は猫の恋の季節。ホント、夜も昼もなくうるさい。夜、寝てられやしない。
「ホント、なんとかしてほしいわ。あのオス猫ども」
「フェロモンの力だねぇ」
「フェロモンの力だね」
思わず、自分の匂いを嗅いだりして。


ふと、後ろの席でクスッと笑われた気がした。
「なに笑ってるのよ」
後ろの席のタモツめ、いたずらを思いついた猫みたいな顔してニヤニヤ笑ってるし。こいつ、いつも私のことをからかってくるんだよね。だからか、なんか顔見てるだけで腹立つんだよな。
「いや、カオルからはフェロモンなんて出てないから心配するな」
すかさず顔の真ん中狙って猫パンチ。
「おっと」
余裕の顔で避けるし。ホント、腹立つなぁ
「やたらまとわりついてくるの、オス猫って鬱陶しいわ」
そんな私のつぶやきにサチがお腹を抱えて笑っているし。
「フェロモンの力だねぇ」
「なんでよっ!」「ちげーよっ!」
「フェロモンの力だねぇ」


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posted by くまのすけ at 17:41| Comment(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする