2019年01月06日

迎えの車




――僕、大きくなったらアカリちゃんを……

ジジジジジ――

目覚まし時計が鳴って目が覚めた。
「夢か……」
あれは小学校低学年のころだったろうか。いや、まだおばさんが生きていたころだから、もう少し小さかったときだろう。
親父の同僚で家族ぐるみの付き合いをしている辰宏おじさんの一家とでバーベキューをしたとき、俺はみんなを前にそう宣言したのだ。
アカリというのは、辰宏おじさんの一人娘で俺と同い年の子。のちに高校で一緒のクラスになったこともあったけど、そのころにはもうあんな約束のことなんてお互い忘れてしまっていて、会えば普通に挨拶する程度の間がらにすぎなくなっていた。
そんな昔の思い出を今さら思い出すなんて、やっぱり今年の正月に我が家へきた年賀状のせいだろうな。
『今からもう初孫が生まれるのが楽しみです』
そんな一文が最後に添えられていた。


しばらく、そんなことを考えながらベッドの中でうだうだしていたら、
「こら、ヨシノリ、いつまで寝てるの。今日は式の日でしょ。アカリちゃんを迎えに行かなくていいの?」
母さんが大声出しながら起こしに来る。そう、今日は成人の日。去年、二十歳の誕生日を迎えた俺たちは、市役所隣の市民会館で催される成人式に出席することになっていた。
「てか、なんで俺が迎えに行かなくちゃいけないんだよ……」
「なに言ってんのよ。一昨年あんたが免許取ったその日にアカリちゃんと約束したんじゃないの。ちゃんと知ってんのよ」
「なんでそんなこと知ってんだよ。つうか、覚えてんだよ」
「なんでって、こないだ道でばったりアカリちゃんと会った時に念を押されたもの」
「はぁ〜」
ったく。
大学入ってアルバイトで溜めたお金で自動車学校に通い、首尾よく免許取ったその帰り道、俺は電車に乗っていたのだが、それに偶然乗り合わせていたのがアカリだった。あっちは大学の帰り。
化粧して見違えるほど大人っぽくなっていたアカリにどぎまぎしながらも、それでも免許が取れたことがうれしくてついつい自慢したら、そんな話になったのだっけ。
つうか、俺でいいのかよ? 旦那にでも送ってもらった方がいいんじゃ?
「ほら、グズグズしてないで、起きて顔洗ってらっしゃい。アカリちゃんが待ってるわよ」
待ってるわけないんだけどな。今さら迷惑なだけのはずなんだが。
はぁ〜


気が進まないながらも、もそもそと仕度をして、借りた親父の車をガレージから引っ張り出した。
「いってらっしゃい。よそさまのお嬢さんを乗せるんだから、安全運転を心がけなさいよ。スピードの出しすぎなんてもってのほかなんだから」
「ああ、分かってる」
「あ、そうそう、さっきアカリちゃんの家に電話したら、もう玄関で待ってるって言ってたわよ」
「マジかよ」
本当に俺でいいのかよ?
そう訊きたいが、残念ながら俺のスマホにはあいつの連絡先は入っていない。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
母さんに見送られながら、俺は車を走らせ始めた。


この家へ来るのは何年ぶりだろうか?
子供のころに何度か親父の車に乗せられてきたことはあるが、正直道順なんて全然頭に入ってなかった。カーナビさまさまだな。
エンジン音を響かせながら、玄関の前に停めたら、すぐにドアが開く。いそいそという感じで出てきたのは、首元にふさふさのファーを巻いた振り袖姿のきれいな女。思わず見とれてしまったのだが。
「遅いよっ!」
「えっ? えーー!」
アカリだった。すこし見ない間に、こんなに綺麗になるなんて……
絶句していたら、さっさと車に乗りこんでくる。シートベルトをして、どこか見覚えのある笑顔で俺に笑いかけくる。
「ひさしぶり」
「お、おう」
「今日はよろしくね」
「あ、ああ」
俺が覚えていたのとは全然違う雰囲気に気おされ、直視しつづけられず、それでも呆然とルームミラー越しにその艶やかな姿に見とれているだけだった。
「ちょっと、なにボウッとしてるのよ」
「えっ? あ、ああ」
「……」
ルームミラーの中で視線があった。はにかむように、口元をほころばせている。
「ふふふ。そんなに見とれるほど綺麗?」
「ああ」
思わずこぼれた俺の本音に、恥ずかしそうに顔を押さえた。


「ねぇ、怒ってる?」
「いや、別に……」
「本当?」
「ああ。別に怒ってない」
「うそ。ずっとムスッとしてさ」
「いや、そういうわけじゃ……」
辰宏さんと去年再婚したその奥さんに見送られて車を出発させてから、しばらくたっている。市民会館までほぼ半分の距離を移動したあたりだ。
正直、アカリの今まで見たことがない華麗な姿に圧倒され、そして、あの年賀状の文面なんかが頭の中を駆け巡って会話どころじゃなかった。気おくれして、混乱して、ずっと道中黙ったままだった。
「本当にいいのかよ?」
「ん? なにが?」
「俺なんかに送ってもらったりして」
「……?」
「旦那に怒られたりしたいのか?」
「なんのこと?」
不思議そうだ。キョトンとしている。
「結婚したんじゃないのかよ?」
「だれが?」
「アカリ」
「私?」「ああ」
「……」「……」
「してないわよ」
「してない?」
「するわけないじゃない!」
「えっと……」
じゃあ、あの年賀状の文面は…… ハッ、そうか。
「シングルマザーかよ。父親だれだよ」
「ちょっとなにわけのわからないこと言い出してるのよ」
「腹の中の子の父親だれだよ。俺の知っているやつか?」
「はぁ?」
「なあ、教えろよ!」
「……はぁ」
なんかすごく呆れたようなため息をついた。
「ばっかじゃない」
「なんでだよ……」


結局、そのあとも車内は沈黙が支配する悪い空気のままだった。アカリもムスッとした顔をしている。
市民会館の有料駐車場に車を止めたら、黙ったままで自分でドアを開け、勝手に下りていった。
シフトをパーキングにして、キーを抜いて、つづいて俺も降車。
そんな俺に、車の屋根越しに鋭い声が飛んできた。。
「言っとくけど、私、結婚もしてないし、誰の子供も妊娠してないからね」
「えっ? でも、今年のおじさんからの年賀状で初孫がどうのこうのって……」
「はぁ〜 やっぱり勘違いしてる。こないだも親戚の人に同じこと言われたわ。でも、それってお姉さんの子のことだから」
「お姉さん? だって、アカリって一人っ子だろ?」
「去年父さんたち結婚したでしょ? そのときに、新しいお母さんには連れ子がいて、お姉さんなの。あっちは結婚しててもうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ」
「……」
「だから、孫を産むのは私じゃないからね」
「そ、そうなんだ……」
な、なんだ? このとてつもない安心感は。思わず、笑顔があふれる。止められない。
そんな俺の顔をじっくり眺めながら、アカリも白い歯をこぼした。
「大体、ヨシノリはとっくに忘れてるかもしれないけど、まだ私はあのときの約束のこと覚えてるんだからね」
「えっ? なんだって?」
「なんでもない。べぇ〜だ」
そうして、俺の顔を直視できない様子で市民会館の玄関の方へさっさと歩き出し始めた。でも、すぐに立ち止って振り返ってくる。
「ほら、行こ。みんな待ってるよ」
「お、おう」
今まで見た中でも最高の笑みをこぼして前を向いたアカリの後ろで、車のキーをクルクル回しながら、ステップを踏むように歩き出したの、アカリに気づかれてないといいな。


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posted by くまのすけ at 18:05| Comment(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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迎えの車 2019/01/06 ぴかぴか(新しい)NEWぴかぴか(新しい)
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2018年12月23日

サンタさんにお年玉




「よしっ」
休み時間、自分の席で次の授業の教科書やノートを準備していたら、隣の席の白石が小さく気合いを入れていた。どこか思いつめた表情を浮かべ、立ち上がる。
眺めていると、カケルの方へ歩いて行った。
だが、カケルのもとへたどり着く前に、トモアキがカケルに声をかけている。白石はそのままきびすを返し引き上げてきた。
切なげな表情を浮かべていた。
次の休み時間も白石は、カケルの席へ向かったようだが、今度は、途中で白石自身に、うるわしの宮田さんが声をかけた。
その次の休み時間は、前の授業の終了間際、先生がカケルに声をかけ、荷物運びを手伝わせていた。
結局、ことごとくタイミングを逃している。なにか用事だろうに。タイミングとか気にせずカケルに声をかけりゃいいのにな。


昼食の時間、カケルは授業終了のチャイムと同時に購買へダッシュ。いつものパン争奪戦へ出陣だろう。
というわけで、午後の休み時間。今度こそって強い決意を顔に刻んで、白石はカケルの席までたどり着いたのだが、カケルのヤツ、温かい日差しがあたる自分の席で居眠りしている。のんきな寝顔を眺めるだけ眺めて、起こす勇気もわかずに、すごすご引き返してきたし。なにやってんだか。
「はぁ〜」
隣の席で落ち込んでる。
「なにやってんだよ? 朝から」
俺が声をかけたら、びっくりしたような表情を浮かべて、慌てて手に握っているものをポケットに隠した。みどりっぽい色調の紙切れ。なんだろう?
「な、なんでもないわよ」
「そっか?」
「そうよ」
全然、なんでもないようには見えないのだけどな。


放課後こそが、最後のチャンス。
白石は、授業が終わってソッコー突撃。だというのに、カケルのヤツもソッコーで教室を出ていった。
「はぁ〜」
「カケル、バスケ部だろ? 部室まで追いかければ?」
不意に俺が声をかけたもんだから、すごく慌ててる。
「なっ、なっ、なんで、私が、そこまで……」
「朝からカケルになんか渡したかったんだろ?」
「そ、そんなんじゃ……」
そうして、俺の目から隠すように、何かをポケットにしまい直していた。
ま、いいや。
帰り、コンビニでもよってなんか買い食いして帰ろう。


なんとなく気になったので、夜、SNSでカケルに確認したが、バスケ部の帰りに誰にもあわなかったそうな。
ほんと、白石はなにしたいのだろうな。
あれこれ、考えていたら、小学生の妹が俺の部屋にやってきた。
「お兄ちゃん、はい、これ」
妹が押し付けてきたのは、妹が通っている音楽教室のクリスマス・コンサートのチケット。ようは教室の生徒たちの発表会だ。
そういえば、最近、妹はクリスマスの曲をピアノで練習していた。当日弾くのだろう。
「その日、ママと先に行ってるから、お兄ちゃんも後から来てね」
「おう。わかった」
『がんばれよ』なんて声をかけて、妹の頭をなでてやったらすごく喜んでる。喜んでる。
うん、可愛いやつめ。
で、急にひらめいた。
白石って、たしか妹と同じ音楽教室に通っているはず。そういえば、白石が隠そうとしていたものって、今俺の手の中にあるチケットに似ていた気がしないでも……
――ああ、そういうことか。


クリスマス・コンサートの会場は、町はずれにあるオーナーシェフのレストラン。音楽教室の経営者の叔父さんの店なんだそうな。
入店して、受付でチケットを差し出し、席についたらコーヒーとお菓子が運ばれてきた。
給仕していたのは……白石で。
「えっ、なんで!?」
驚いてる驚いてる。もちろん、俺の顔見てじゃない。俺と一緒に来たヤツのせいだ。そう、だって俺と連れだって来たのは、カケル。
「あれ? 白石さんじゃん。白石さんも演奏するの?」
「あ、う、うん」
「そっか。演奏楽しみにしてるよ。がんばってね」
「あ、ありがとう」
なんか今にもスキップしそうな様子で、バックヤードへ戻っていった。
クリスマス・コンサート、大盛況だった。そして、我が妹の演奏、とてもすばらしかった。何時間でも聞いていたかったけど、出番は一曲しかなかった。ちょっと残念。
白石もノリノリな様子で、すばらしい演奏を披露していた。ま、妹ほどではないかな。いい演奏だったと思う。それに、十分に人を魅了する聴かせる演奏だった。ただし、魅了したかったのは聴衆全員じゃなくて、特定の一人に対してのみ聴かせていたつもりのようだけど。


コンサートが終わり、カケルがトイレへいっている間に、白石が声をかけてきた。
「なんで? なんで?」
「ん? カケルに来てほしかったんだろ?」
「え、えっと……」
耳まで赤くなってるし。うん。二人ともお幸せに。
「俺って今日はサンタクロースだからな。そんで、メリークリスマス」
「メ、メリークリスマス……」
「あ、そうだ、大みそか、二年参り行くんだけど、一緒にどう? カケルも来るっていってたし」
「いくっ!」
ソッコー食いついてきた。
「オッケー。じゃ、ついでに宮田さんも誘ってくれたりとかすれば、カケルとペアになるチャンスとかあったりするんじゃないかな?」
俺の下心満載のつぶやきに、目をパチクリさせてやがる。ちょっと露骨すぎたか?
「うん、そうだね。結菜も誘ってみる」
「お、おう」
思わず顔がほころんだ。ほころんだのだけど。
「ね、結菜、そういうわけだから、大みそか、一緒に二年参りいかない?」
「……うん」
俺の背後から、恥ずかしげな消え入りそうな返事が聞こえてきた。こ、この声は……!
「今日のサンタさんにお年玉ねっ」


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posted by くまのすけ at 17:10| Comment(0) | 短編・ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする